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「なんだよ、青白い顔して情けない」
手を引っ込め、男はフタを空けて水を飲む。冷たい水がのどに流れる音が、妙に響いて聞こえる。
やはりもらえばよかった。ユウトは無性にのどが渇き、咳払いをする。
「あなたはいつからここに?」
「俺はもう半年は通ってるよ。週に1回、幸福を摂取するのが決まりだからな。それで衣食住を保証してもらえるんだから、ありがたいことだよ。あんたも、それなりの保証をしてもらってるんだろ?」
「借金を少しばかり、帳消しにしてもらったくらいですよ」
少し、というには額が多すぎたかもしれない。後ろめたい心を見透かすように、男はユウトの目を覗き込み、無精ひげに隠れたできものを掻いた。
勘ぐるような視線から裂けるようにユウトは男から視線をそらし、痒みの残るこめかみを掻く。
「おい、それくれよ」
男は近くにいたスタッフからペットボトルをもう一本貰い、ふたを開けた。それも一気に飲み干し、袖口で口を拭った。
「薬を飲む前は、喉が渇くんだ。あんたも時期に分かる。あっちの世界が脳にじわーっと、染みこんでいくみたいに、だんだん体になじんでくるんだよ」
「なんだか、不気味じゃないですか?」
「不気味なもんか。俺たちの脳は、甘さの足りない乾いたスポンジケーキみたいなもんさ。幸福という名のシロップをたっぷり染み込ませないと、食べられたもんじゃないだろ」
「食べるって」
スポンジケーキと聞いて、ユウトはあっちの世界での生活を思い出す。あの後、パーティーはどうなっただろうか。ただの夢だと頭では分かっていても、幸せの詰まったケーキのような日々がすでに恋しい。
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