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「ケーキに例えられてもピンとこないか。いやね、うちの奥さんが菓子作りが趣味でね。たまに俺も手伝わされてるんだよ。こう見えても、手先は器用な方なんだよ」  男は幸せそうにヒゲを触り、笑った。半年も幸せを摂取しているからか、すでに彼の幸福値は上がっていそうだ。  今は不気味に思えても、薬を摂取していれば彼のようになれるのだろうか。  ユウトはジャケットから、スマホを出した。画面には、施設に来る前にダウンロードしたアプリのポップアップが表示されている。 「次は一週間後だな。がんばれよ」  画面をのぞき込み、男はユウトの肩を叩いた。  来週も薬を飲めば、またあの幸福な夢を見られる。男が徐々になじむと言ったが、すでにあまり抵抗感はない。むしろ、今すぐにでも薬を飲んで夢の続きを見たいくらいだ。 (紗江はどうしてるかな)  ユウトが夢の中の家族を思っていると、診察室の方から悲鳴のような声が聞こえてきた。 「待って! お願いだから薬を飲ませないで!」  診察室から飛び出してきた女性が、施設のスタッフに囲まれている。何があったのだろうか。髪を振り乱し、手足をばたつかせる女性を、数人の男性スタッフが拘束する。 「あんなの、私の幸福じゃない! 家に帰して! ……触んないでよ!」  叫び続ける女性のこめかみに、スタッフの一人があのイボのようなチップを貼る。途端に女性は大人しくなり、だらりと腕をたらして無抵抗になった。 「あれはもうだめだな」  拘束された女性を見送りながら、男は馬鹿にするように鼻で笑う。
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