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柳さんと会ったのは、四月の歓迎会で、そのときわたしは、ぼおぉとしていた。まえの年に入社して、おもちゃ会社で、あたらしいおもちゃの開発に従事していたものの、神戸のお嬢さんののほほんワールドは、一向に花開くことはないわいな、と上司に毎回、これぞ、という新作を考えても言われ続けていた。
それで、一年がめぐってきて、柳さんが、入社したのである。柳さんは学芸大学を卒業して、おもちゃ会社に働くことにしたそうであって、知能を育むおもちゃにも興味がありますということであって、わたしもほほおと想ったのであった。それで、会社の裏手にある公園でお花見をしましょうということになった。五時で仕事を切り上げて、ぞろぞろと花見会場にいった。毎年そこで花見は行われていた。
桜が白くて綺麗だった。花見係は社長が率先しておこない、焼き鳥や、ピザなどがおかれた。釣り具用のクーラーボックスに缶チューハイから、バドワイザー、などがいれられており、わたしは、缶チューハイをとった。社長は、にこにことしていて、わたしもぺこりとお辞儀をした。40人くらいが集まって円になって、社長の乾杯の音頭とともに、歓迎会はスタートした。
柳さんは、すくっと立って、自己紹介をした。何か、芸をやれーといわれて、柳さんは、親指がとれる手品をしてみせた。そうして、手を開いて、こっちに向かって手を振っているようにわたしにはみえた。わたしの心臓はどきんとした。そうして、突然、明日、指人形、みたいなものを、考えたい、と想った。顔はこけしみたいな指人形を考えてみよう、そう思いついた。柳さんは、優しそう。
それで、わたしは翌日、指人形、について、考えて、それをプレゼン資料にした。少し残業になって、炊事場で、お湯をカップラーメンに注いでいると柳さんはやってきた。柳さんもカップラーメンをもっていた。おんなじだね。おんなじシーフード好きなんだね、と柳さんはほほ笑んだ。わたしも柳さんをみてほほ笑んだ。それで炊事場で立ちながらふたりでカップラーメンをすすった。これぞ運命の出会い。わたしは、そう想った。でも、柳さんには、なんにもいわなかった。わたしは、柳さんの白くて長い綺麗な指をみていた。柳さんは、ずるずるずるずるとカップラーメンを食べて、お汁も全部飲みほした。
「休日なにしてるん?」
柳さんが聞いていた。
「部屋の掃除したり、音楽聞いたり」
「今度、一緒に花屋敷いかん?」
「いいよ」
社長は、親切に、おんなじ関西人をわざわざ入社させてくれたような気持ちがした。あなたの提案は神戸のお嬢さんの域を超えてませんね。その言葉で何度涙したことか。だけど、目の前に、いる、柳さんは、わたしの一年のがんばりのご褒美のひと。そう思うと、わたしは、柔らかくほほ笑むことができたのであった。
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