1 運命は突然に

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1 運命は突然に

「今月より営業部に配属されました藤田睦美(ふじたむつみ)です」  5月、新緑の季節。わたしの背筋に電流が走った。 「わからないことばかりですので、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」  そう言って頭を下げた彼女は艶のある黒髪、中肉中背、くびれた腰、手ごろなサイズの胸、零れ落ちそうなほど大きな瞳を持つ、男好きのする容姿だった。緊張しているのだろう、表情は硬かったが、それでも十分にかわいい。彼女がもし笑ったりしたら……。  後ろに控えていた課長が空咳をひとつ。「あー、藤田くんは今日からわれわれ営業部の仲間になる。仲よくしてやってくれ」  不安そうにフロア内を見回している彼女と目が合った。これは偶然ではない。営業部はわたし含め30人以上の大所帯である。そのなかの一人とランダムに目が合う確率は30分の1だ。偶然でないのなら、意図的に藤田睦美女史がわたしを見ていたと結論できる。 「藤田君は寺本チームに配属される。――寺本くん、頼んだぞ」  うちの営業部は3人のチーム制で業務にあたっている。寺本チームは寺本チーフ、わたし、それに栗田という若造で構成されていたのだが、若造が誰に相談することもなく勝手に辞めたという経緯があった。わたしのなかで、若造に対する怨念が嘘のように消えてなくなるのがわかった。 「おい城島」と寺本チーフ。「俺、新人教えてる暇がねえ。お前、やれ」  わたしは寺本チーフ(このおっさん)が大嫌いなのだが、今日いまこの瞬間、認識を改めた。  藤田睦美女史がフロアを横切り、われわれのシマにやってきた。「藤田睦美です、よろしくお願いします」  偶然目が合い、偶然栗田某が飛び(バックれ)、偶然寺本のおっさんが怠惰な人間だった。これほど偶然が重なったりするだろうか?  結論:わたし城島武志(38)と藤田睦美(25)は結ばれる運命にある。
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