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☆9.5敬介
救急車と消防車が来た。
警察は来なかった。後で聞いた話だと、電話の記録も残ってなかったらしい。あの時の電話、どこにつながってたんだ?
源五郎さん。
オレを庇って、あのふざけたパツキンに胸を刺された。
人の頭をサッカーボールみたいに蹴る奴に、持ってかれた。
生きてるだろうか。向こうの世界にも救急車は来てくれたろうか。向こうこそ警察とセットで来てて欲しい。
ゲンくんは頭割れてたけど助かった。よかった。でも、ゲンくんが助かったことと向こうの源五郎さんの安否は別だ。なにせ、向こうのオレは死んでるらしいのだから。
多々良さんに聞かれた。
「向こうのゲンくん、向こうのアナタを殺したって言ってましたが、怖くはないんですか?」
全く怖くないと言えば、嘘になる。けど。
「なんか…逆に納得した」
同級生がじいちゃんを『ひとごろし』と言ったことがあった。怒って殴りかかって、返り討ちにあった。
そんなわけないと思った。でも、じいちゃんにも親にも聞けなかった。
…結局、源五郎さんはじいちゃんに似ていたのだ。
「オレももう、何も出来なかったガキじゃない。聞けるよ…でも今は、とにかく無事でいてほしい」
多々良さんは笑って、詐欺ったお金の半分を「少し取り返せたから」と返してくれた。
苦笑した。全額返せや。
多々良さんは手をヒラヒラさせた。
「もし、向こうのゲンくんの消息がわかったら、教えてください。頑張って残りを取り戻しますよ」
あの火事は、放火らしかった。誰だよそんな真似した奴。
更地になってから、誰かが椅子を置いて行った。シュールな光景だ。
たまに見に行く。椅子にも座ったが、変に目立ってしまうので、やめた。その場から黒電話にかけてみたが、やっぱり繋がらなかった。
今のアパートは前より家賃がかかる。夜のシフトを多くしてもらった。貧乏暇無しな暮らしだが、時間が出来ると更地に行ってうろついた。源五郎さんは朝が早いから、時間帯がズレてるかもしれないが、なんとか会えないかな。だが、誰ともぶつからない。
雨の日には必ず駆けつける。でも、誰もいない。
同僚が、あそこに行くのはやめた方がいいと忠告してきた。幽霊が出るという。
「ポツンと椅子置いてあるだろ。雨の日、あそこに白い髪の霊が座ってるんだってよ。気味悪い…やめとけよ」
「マジか! ありがとう‼︎」
心の底から祝福したい気分だったが、同僚には変な目で見られた。
オレは、まさにその白い髪の霊に会いたいのだ。出来れば霊ではない方で。
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