1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
暗殺を請け負う組織の科学者が新しい薬を開発した。
「これを飲むと姿を消せます。どんな相手だろうと、厳重な警備を突破して楽々殺せますよ」
科学者が手にした青いカプセルを暗殺部のエースは、しげしげと見つめた。何の変哲も無い薬に見える。
「本当に消えるのか?」
「マウスで見せましょう」
科学者は、カプセルを割って中身の液をパンのかけらに染み込ませ、透明ケースの中のマウスに与えた。
マウスは、喜んでパンのかけらを食べた。
ほんの一瞬の間があって、マウスは最初からいなかったかの様に気配も無く消えた。
エースはニンマリとした。
「こいつは使えるぞ」
「実戦配備前に使ってみますか?上には内緒にします」
「いいのか」
自分の姿が消えるとなれば、真っ先に浮かぶのは、好きな女の部屋に侵入することだ。暗殺部のエースは、女好きで、立場を利用して組織の女たちに次々と手を出していた。しかし、本当に好きな女を手に入れる事は出来なかった。
あれは惜しかった。あそこまで強情に拒まなければ良かったものを。やはり開発部門の女は難しい。総務のラムダの様な分かりやすく、艶っぽいのが良いということか。
「どの位消えていられる?」
「カプセル一つで30分。効き始めるのに一時間」
「中身だけ飲めばマウスの様にすぐ消えるんだな」
「そうです」
「貸せ」
エースは科学者からカプセルを奪い取ると、カプセルを割って中身の液体を啜った。ラムダの部屋に侵入し、あわよくば・・・ふふふ。
ドクンッ。
エースの体に鋭い痛みが走った。
見ると、右手が消えていた。すごい!本当に消えてる!しかし、かなり痛い。姿を消そうというのだから、このくらいはあるのか・・・。
ボクンッ。
また、消えた。今度は左手。更に右腕。消える毎に、もぎ取られた様な強い痛みが襲う。これではラムダの部屋に侵入してもまともに出来ない。
エースは顔を引き攣らせる。
「おいっ。こんなに痛いなんて聞いてない!解毒剤はないのか?!」
「大丈夫です。すぐ消えますから」
「ほんとかよ。うぐっ!」
今度は、右足が消えた。エースは、バランスを失い、倒れた。
おかしい!姿が消えただけなら、立っていられる筈だ!
バクンッ。バキンッ。ボコンッ。
「ぐはあっ!」
左腕が。右の大腿が。左の足が。まるで見えない怪物に喰われているかの様に消えていく。
胴体と頭だけになったエースは、泣きながら科学者を見上げる。
「た、たすけて・・」
科学者は、顔色一つ変えず、エースを見下ろす。
「心配いりません。もうすぐ、完全に消えますから」
「助けて・・!」
そう言った瞬間、エースは掻き消す様に、消えた。
科学者は、満足して微笑んだ。
「貴方に無理やり迫られて、殺された妹の痛みが分かりましたか?」
そう呟いたところで、相手はもう、そこにいたという痕跡すらなかった。
「もう少し使いやすいように、改良してみよう」
科学者は、仕事に戻った。
最初のコメントを投稿しよう!