生まれたときから

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 「ムカデのランクは?」  部屋を浮遊しながら均が聞く。  私はベッドにうつ伏せになって本を読みながら、「知らない」と答える。  「そんな高くないイメージだけど」均は構わず話し続ける。  「かもね。隠してるっぽいし。でも毒があるってことは強いイメージもあるでしょ? もしかしたらけっこう高いのかも」  「イメージなんかでランクが決まるの?」  「勝手につけられたランクなんてそんなもん」  ごろんと仰向けになる。窓の網戸の外側に蛾が張り付いている。粉っぽい羽は風で震えている。  「布団が濡れちゃうでしょ」  均が私の腹の上に座ってくる。別に構わない、そう答え、私は本を閉じる。  「蛇とか、狐とか、獅子とか、あと霊能力者とか、そういった例外は置いといて、守護霊にランクも何もないんじゃないかな。あとは見た目とかの問題だろうね」  「理不尽だあ」  均が身を横たえる。私の頭の横に彼女の頭がくる。腹と胸には重みのない均の体が乗っている。  「均だって、生きてたころはランクにこだわってたかもしれないよ」  「それはちょっと嫌だな。守護霊になってみればわかるよ。ランクとかつけられたくないもん。たとえ上のランクでもさ」  私は身を起こした。寝たままの均の体をすり抜ける。  机にノートを広げて数行の文字を書く。  「見てごらん」  均はふわふわと机の方までやってくる。  ノートには横書きで守護霊のランクを書いた。上の行であるほどランクが高い。  上の行から、  ・白蛇、白狐、龍、霊能者、神職、僧侶、神父  ・人間  ・獅子、虎、狼などの肉食獣  ・哺乳類(その中でもランクあり。人によって違ったりする)  そして下の方の行には、  ・魚  ・虫  「大体こんな感じ」  均は興味深そうにノートの内容を読む。読まなくても知っているだろうが、それでも文字にして見ることで、新鮮さを放っている。  「誰が決めたんだろうね」  「世間の好み、固定観念」  動物なら何が可愛くて、何が強い。  人間なら女か、男か。その背丈は、顔立ちは。  人間の守護霊だからといって無条件に喜ばれるわけではない。その容姿、年齢などによってさらに細かいヒエラルキーが存在している。  ノートをめくると、去年使っていた歴史のノートだと気づく。まだかなりページが残っていた。落書きや計算にでも使ってやろうと引き出しにしまう。  「このノートに書かれたとおりだとすると、ゴキブリもムカデも同じランクってことね」  均が人差し指を鼻の頭に当てる。町屋さんの癖が微妙に移って今の形となっている。鼻をほじっているみたいだからやめろと言っているのだが、なかなかやめない。守護霊になってから癖がつくこともあるのだ。  「簡単に書きだせばね。だけどゴキブリが人間から好かれているかどうかが大きく響くの。同じ虫でもアゲハ蝶が守護霊だって自慢している子もいるし、その子だって町屋さんの守護霊を馬鹿にしてたし」  好みの観点からすれば、ムカデもゴキブリ寄りという意見が多数なのかもしれない。あるいはあの男子が勝手にそう決めつけて嘘をついているだけかもしれない。  なんて馬鹿馬鹿しい。  町屋さんにはゴキブリの守護霊とインコの守護霊がついている。彼女はそれぞれゴッちゃん、インくんと呼んで隠すこともしない。俳優の守護霊がついていると豪語して嘘だろうと裏でささやかれている同級生の横で、「私の守護霊はゴキブリとインコだ」と胸を張る。  だからだろうか、町屋さんは他人の守護霊たちにも好かれている、と均が私に教えてくれたことがある。  「町屋さんの本当にすごいところは別にあるのにね。それを知ったら今より話題になっちゃうね、町屋さん」  均の言いたいことはよくわかる。そしてその秘密を知っていることが私は誇らしい。  町屋さんは守護霊が見える。  ほとんどの人が、自分の守護霊を見ることができるが、他人の守護霊は見えない。  ごくたまに他人の守護霊が見えたり、守護霊以外の幽霊も見えたりする人がいる。町屋さんはまさにその霊感を持っている人物である。  その秘密を打ち明けてくれたのは、生身の人間では私だけだという。守護霊たちですら、町屋さんに見られ、声を聞かれていることに気づかない。  均は私の守護霊だから、町屋さんの話も聞いていて、今ではすっかり意気投合する仲になっている。均と町屋さん、ゴキブリ、インコが和気あいあいとしている中で、蚊帳の外に置かれた気分になることがたまにある。  網戸に目を遣ると、蛾はまだしがみついていた。近づいて内側からつつく。白粉を全身にまぶした蛾はどこかへ飛んでいった。  あの蛾も死んだら誰かの守護霊になるのだろうか。もしそうなったら守護される人間はどういう感情を抱くのだろうか。  あ、と均が声を上げた。  「どうしたの」  「私も生きてたころ、同じことしたかも。網戸の裏から蛾をつついて、追い払ってた」  「思い出したの?」  「これだけね」  均が私に笑みを向ける。  彼女は人間である。しかし生前の記憶が抜けているらしい。  彼女はマーガリンのような肌色をしていて、その色が顔全体に均等に塗られている。頬の赤みも内側の血管も確認できず、一色のみで構成された肌をしていた。  色が均等なことから、「均」と呼ぶようになったのは中学のころからだ。それまではなぜか「はなちゃん」と呼んでいた。  均はたまに生前の記憶を思い出す。本当に、他愛のないことを。  私にとって、彼女は均という名の少女だ。守護霊というより、姉妹に近いのかもしれない。
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