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第50話
スペアマガジンも含めて約三十発をあっという間に使い切った霧島に見られ、仕方なくショルダーバッグから取り出した予備弾を手渡す。
満タンにしたマガジンを銃に叩き込んでスライドを引くとまた撃った。今度は連射も数秒で止め、石の壁に蹴りを入れる。
ガラガラと重い音を立てて石が崩れた。何度か石を蹴り続けると黒い空が覗いた。頷き合うと二人で呼吸を計る。声に出さず唇の動きだけでカウントした。
「三、二、一、ファイア!」
飛び出すなり投げられた石を京哉が撃ち砕く。霧島は催眠術師の姿を見出して撃とうとした。だがここでも瑞樹を盾にした男は、解けた長い赤毛の中に銃口を突っ込んでいる。
そこは鐘楼の一階下に当たる円形のフロアだった。尖塔の頂上に近いため狭い。直径は六、七メートルほどしかないだろう。鐘楼と尖塔を支える柱が四本ある以外は素通しの、見晴らしはいいが転げ落ちれば洒落にならない場所だった。
心身ともに涼しい所へと逃げ込んだ催眠術師と人質は、柱の一本を背にしている。
雪明かりで一瞬のうちにそれだけを見取り、京哉は霧島と並び立って銃を敵に向けた。
「霧島さん、お願い……僕を殺して、撃って!」
嗚咽混じりの瑞樹の懇願は雪を含んだ風に攫われる。
「貴方の銃で、僕を……リオンと一緒に殺して!」
銃を片手保持して腕を伸ばし照準する霧島はごくゆっくりと瑞樹に近づいてゆく。そうしながら霧島は真っ直ぐに白い顔を見ていた。その視線に耐えられなくなったかのように瑞樹は捕らえられたまま、とうとう自らの両手で顔を覆う。振り絞るように叫んだ。
「僕は調別を裏切ったんだ! D国に、情報を流した!」
「瑞樹、いいから言うな!」
「リオンに、ずっと……情報と……僕自身を」
「もういい、言わなくていいんだ、瑞樹!」
「夢中になって……何もかも、自分から進んで、差し出したんだ!」
「やめろ、瑞樹!」
「どうせ僕は粛清される……だから霧島さん、僕を撃って……あうっ!」
「瑞樹……瑞樹!」
瑞樹が右胸を押さえた。咄嗟に振り向いた京哉はサムソンが手にしたジュニア・コルトを目にする。雪明かりで銃口から硝煙が立ち上っているのも。再び振り向くと瑞樹は黒い血に染まった胸を押さえ立ち尽くしていた。
その刹那、聞き慣れた撃発音がして京哉は弾かれたように振り向く。
シグのトリガを引いた霧島の表情は暗く影になって見えなかった。
今度こそ頽れた瑞樹に霧島と京哉は駆け寄った。傍らに膝をついた霧島は、金髪の催眠術師と折り重なって倒れた瑞樹の上体を抱き起こす。
「瑞樹、瑞樹。しっかりしろ!」
「……霧島さん、貴方が……撃った……?」
「ああ、撃った。私が、お前を撃った」
薄く、だが幸せそうに瑞樹は微笑んだ。その身体を霧島は横抱きにする。
「瑞樹。少し苦しいだろうが我慢してくれ」
そのまま霧島は螺旋階段へと歩き始めた。残されたD国の催眠術師は腹を血塗れの目茶苦茶にして斃れている。意識はあるようで白みかけた夜空の下、藻掻いていた。
傍に立ったサムソンが冷たく言い放つ。
「もうD国がお前を迎えにくることはない。自分の組織だ、分かっているな?」
無造作に金髪に銃口を押し当てサムソンはトリガを引いた。二十五ACPなる小口径弾でも公開自殺と同じく頭蓋を破壊するには充分だった。サムソンは肩を竦める。
「苦しませるのは本意じゃないんだ」
「でも捕らえて吐かせずに殺しちゃっていいんですか、サムソンは?」
「仕事はしたさ。そもそも俺は本当に引退したんだ。今回限りのサーヴィスだな」
「ふうん、ならいいですけど。それと、あとを任せてもいいのなら少し時間を稼いでからきて下さい。忍さんに殺されたくなければね」
京哉の怪しい片言英語に頷いたヘイゼルの瞳はサバンナにいるような自然体で笑みを浮かべていて、これなら心配はなかろうと片手をパシンと打ち合わせて別れた。
心配なのは霧島の身、急いで二人のあとを追う。螺旋階段を転がるように駆け下り追い付くと霧島が抱いた瑞樹を看た。
雪で濡れたサファリジャケットの右胸には黒々とした染みが広がっている。小口径でも場所が場所だけに早く治療せねば致命傷となり得るものだった。
おそらく肋骨と右肺をやられている。
一方の腹は貫通力の高い九ミリパラで撃たれために、却って傷は小さくて済んだようだ。破壊力は催眠術師の腹で発揮されたらしい。それでも階段の数段ごとに黒い雫が石を染めている。
何れにせよ危険な状態だった。
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