第11話

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第11話

 どちらがアーヴィンかヨーゼフか分からない二羽のハシビロコウは、飾り門に下げられたクス玉が割られ、子供たちから花束が贈られ瑞樹らが受け取るも、まるで我関せずといった様子で今は置物のごとく身動きを止めていた。 《それでは皆さん、アーヴィン君とはこれでお別れです。静かにお見送り下さい》  アナウンスと同時にDケージ内には蛍の光が流され、老いたハシビロコウの代わりに飼育員二人が手にした帽子を振って見せる。そして一羽のハシビロコウが促されて瑞樹たちと共に飾られた門に近づいた。 「結構、人のいうことを聞くみたいですね」 「機捜(うち)のバカ猫にも見習わせたいものだな」 「馬鹿じゃないですよ、ミケは。単に暴力で訴えようとするだけで」  二人は草のステージを注視する。そのとき階段状ベンチの一番下の段に腰掛けていた一人の男がふらりと立ち上がった。  レジャーパークにはそぐわぬダークスーツを身に着けた男は、背後の観客らに文句を言われるも席に戻ろうとはせず、糸で吊られた操り人形のような心許ない足取りで、草のステージまで辿り着いてしまう。  待機していた係員らが駆け寄った。だが男は唐突に暴れ始め係員らは男の振り回した腕に弾き飛ばされる。誰も近づけない状態の男は大声で喚きだした。 「頼む、やめろ……やめてくれ、死にたくない!」  男の表情は引き歪んでいて、京哉はそれを恐怖だと察した。 「やめろ! 俺は死にたくなんかないんだ!」  男の叫びにDケージ内は水を打ったように静かになる。  叫び続ける男を皆が注目していた。TVカメラも回っている。恐怖に喘ぎつつ男はギクシャクとした動きで懐から何かを取り出し、自らのこめかみに当てた。 「死にたくない! 嫌だ、止め、助けてくれ――」 「拙い、忍さん、ジュニア・コルトだ!」  二十五口径のオート()コルト()ピストル()弾を発射する本物の銃だと見抜いた京哉の声と男がトリガを引くのは同時だった。咄嗟に京哉と霧島もその場に立ち上がって銃を抜いていたが、男の銃を撃ち壊そうとした時には、残念ながら既に発射されていた二十五ACP弾が男の頭蓋を破壊している。  乾いた撃発音と共に男は草のステージに頽れた。だが周囲は誰もが冗談だと思ったらしい。屋外発砲で音が反射せず、TVドラマのように響かなかったのも原因だろう。男の叫びが途絶え、静けさの中にも客たちの間には却って安堵したかのような雰囲気が漂った。  倒れ伏した男を皆が伸び上がり眺めては、再び立ち上がるのを待っているようだ。  しかし数秒と経たぬうちにざわめきが広がり始める。目のいい客が角度によっては見える血に気付いたのだ。当然ながら場は騒然とする。 「京哉、行くぞ」 「えっ、何で?」 「何ででもいい!」  立ち竦んだ瑞樹が息を呑み身を凍らせたのを見て霧島は下段に腰掛けている客たちを押し分けベンチを駆け下りる。警備員二人に警察手帳を見せ身分を明らかにした。  生臭い血と脳漿の臭いを嗅いで、異常なまでに嗅覚の鋭い京哉が顔をしかめる。その傍で霧島が警備員らに落ち着いた声で指示を飛ばした。 「パニックになる前に全員を速やかにケージの外に出すんだ」 「了解しました!」  勢いよく敬礼した警備員と係員らは、総勢八名でマニュアル通りに観客らを誘導し始める。携帯で連絡を受けた応援も駆け付け、男の死体にシートを被せると避難誘導の要領で客たちだけでなくTVクルーも並ばせてケージから追い出した。  立ち尽くしていた瑞樹も、その頃には霧島の存在に気付いている。
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