第12話

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第12話

「霧島さん、どうして貴方がこんな所にいるの?」 「昨日TVを見たんだ。座っていろ、瑞樹。顔色が悪いぞ」 「大丈夫だよ。それよりも僕アーヴィンを輸送する準備をしなくちゃならないんだ」 「今すぐか?」 「十六時の輸送トラックに載せないと空港を二十一時発の便に間に合わないんだよ」 「そうは言っても銃を使った不審死だからな。居合わせた人間に聴取はある筈だ」 「仕方ないな……山本(やまもと)さん、ちょっと来てくれ!」  呼ばれた若い男性係員が走ってきて瑞樹と短いやり取りをしたのち、ハシビロコウの一羽を飼育小屋の方へと追い立てて行った。  残った一羽はシートを被せた死体の傍で置物のふりをしている。京哉が言った。 「哲学者の風情ですね。高谷署に連絡しましたから」 「そうか。鳥にも聴取できればいいのだがな」  霧島の傍らに立った京哉を眺めて、瑞樹は怪訝な顔をした。 「この人も警察関係者なのかな?」 「ん、ああ。私のバディだ」 「バディでパートナーの、鳴海京哉巡査部長です」  微笑んで京哉は差し出された瑞樹の手を握る。瑞樹も同じく微笑んで言い放った。 「逢坂瑞樹だよ、霧島さんの元パートナーの、ね」  京哉は霧島ほどの鉄面皮を維持できず、更なる笑みで動揺を誤魔化そうとする。だが京哉の手を離した瑞樹がクスッと声を上げ、色の薄い瞳でも笑うとラフな挙手敬礼をした。 「ごめん、からかったりして。あんまり美人だから驚いただけ」 「そう、ですか」 「ねえ、霧島さんもこっちに来て並んでみてよ。わあ、すごい、ホストクラブみたいだ。霧島さんってば、いつからそんなに趣味が良くなったのさ?」 「昔から趣味は変わっていない」 「さらっとそういうこと言うの変わってないね。そんなに昔じゃないのに懐かしい」  元警察官とはいえ警備課では直接事件に関わることもなかっただろうに、死体を前に暢気な会話をする元カレはかなり胆が据わっているらしいと京哉は思う。  片や眩しそうに色の薄い瞳に見つめられ、霧島は僅かな居心地の悪さを感じていた。  何となく三者とも黙った直後Dケージの外に緊急音を鳴らさずパトカーが数台と鑑識その他のワンボックスが到着する。制服・私服の混じった集団が下りてきた。 「どうもどうも、高谷署刑事課強行犯係の者ですが。仏さんはそっちですか」  男が近づくのを待って霧島は自己紹介する。 「ご苦労様です。県警機動捜査隊長の霧島警視と、こっちが鳴海巡査部長です」 「ああ、通報してくれた方ですな。倉田(くらた)警部補ですわ」  人の良さそうな倉田警部補は年齢からみて叩き上げのようである。慣れた手つきで死体のシートを剥がし、鑑識たちと一礼してから男のポケットを検めた。財布と免許証入れが出てくる。あとはハンカチ程度だ。  免許証入れにはアパレルで有名なファンリントン株式会社の社員証も入っていた。財布からは銀行口座の入金票も見つかる。 「藤森(ふじもり)高史(たかし)、ファンリントン白藤支社の課長で三十二歳か」  呟いた倉田警部補は辺りを見回して訊いた。 「誰かこの男を知ってるかね?」  誰もが首を横に振った。霧島と京哉も勿論、見覚えはない。 「住所は白藤市内の社宅。口座には七桁の預金もあり。ふむふむ、死体(オロク)はカネにも困っていないと。何だって派手な自殺をしたんだか。薬物で幻覚でも見たのかねえ」 「それにしては物騒な持ち物と思いますけど」  京哉の一言に頷いて倉田警部補は落ちているジュニア・コルトに目をやった。  次に高谷署の面々による事情聴取が始まる。一番近くにいた瑞樹と飼育員の女性、係員の代表と警備員がそれぞれ簡単に話を訊かれた。  京哉と霧島はその間、オロクをハシビロコウのヨーゼフと共に覗き込む。死体を見ていた検視官が二人を見上げて訊いてきた。 「このオロク、肘関節が脱臼してますよ。それに腱も切れて随分内出血してますが、よっぽど派手に大暴れしたんでしょうか?」  二人は顔を見合わせた。確かに暴れて思いがけない力を発揮したが、自らをそこまで傷つけるような大立ち回りをやらかしてもいない。リミッタが外れるような力を出したとするなら、本当に薬物中毒で幻覚を見ていたのかも知れなかった。  何気なくオロクから離れると、ハシビロコウはのっさのっさと二人についてきた。京哉が振り返ると巨大なクチバシを上げ、カポカポとクラッタリングする。 「何だか、懐かれちゃいました」 「死体の生産は頂けんが、これを近くで見られたのは収穫だったな」 「そうですね。けど何で公開自殺なんでしょうか、『死にたくない』クセに」 「さあな。持っていた得物が立派なのは気になるが、やはり薬物幻覚じゃないか? 精神病ということも有り得る。とにかく今夜のニュースは見ものだな」 「ネット上には既に流れてるとは思いますけどね」
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