第18話

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第18話

 詰め所を出るとエレベーターで最上階の十六階に上がり、まずは秘書室に顔を出して取り次いで貰った。許可を得て本部長室のドアに霧島が低く通る声を掛ける。 「霧島警視以下二名、入ります」  ドアを開けて紺色のカーペットに踏み出すなり、京哉は回れ右したくなった。予想されていた事ではあったが、来客用のソファにはこれまでとんでもなく酷い任務ばかり降らせてくれた陸上自衛隊の堂本(どうもと)一等陸佐と副官の江崎(えさき)二等陸尉が私服スーツ姿で座っていたからである。  お蔭で開口一番、霧島は少々乱暴な挨拶をした。 「また貴様らか。私たちは便利屋ではないと何度言ったら分かる!」  県警本部長の一ノ瀬警視監を前にしての客人への暴言だったが、同様に酷い目に遭ってきた京哉も霧島を止めようとはしなかった。だが一ノ瀬本部長は何ら気にした風でなく、朗らかにテノールを響かせる。 「まあ、そう尖らずに。まずは座ってくれたまえ」  ムッとしたまま霧島は三人掛けソファにドスンと座って、京哉はその隣にそっと腰掛けた。客人二人をじっと眺めてから一ノ瀬本部長に目を移す。  身長は京哉くらいだが体重は霧島二人分でも足りるかどうか。特注したらしい制服の前ボタンは弾け飛ぶ寸前だ。ロウテーブルの紅茶のソーサーにはシュガーの空き袋が三つもあった。  更に大きなクッキーの缶が置かれていて、その中身も既に三分の二が消えている。全くミテクレを気にしていないらしい男は、不自然に黒々とした髪を整髪料でペッタリと撫でつけて幕下力士そのものだ。  だがこれでも元は暗殺反対派の急先鋒で、メディアを利用した世論操作を得意とする切れ者のタヌキなのである。  制服婦警が霧島と京哉の前にも茶器を運び、下がると本部長はにこやかに訊いた。 「特別任務の内容についてはメールで知らせた通りだ。何か質問は?」 「では伺いますが、この任務を辞退する方法はあるのでしょうか?」 「そう言わずに受けてくれたまえよ」  巨大な溜息をついた霧島は指先で膝を叩きながら客二人を睨みつけた。 「どうして有り余っている筈のそちらの人員を使わず、我々が鳥一羽を追ってアフリカ大陸まで出張らなければならないのか、その辺りから説明して貰えると有難いのですが」 「僅かでも内容の理解できる人員を使う訳にはいかないのだ。件のメモリに入っているのは計り知れない価値を持つ国家間の機密事項だからね。読んでしまった時点でその人物を危険視せねばならない」 「ふん。だから中身を見てもどうせ意味など解らない、レヴェルの低いサツカンにでもやらせるべき仕事という訳か」 「それについてはノーコメントだ。ただ任務遂行可能な人選をしたつもりだ」 「あんたのヨイショは気味が悪いから要らん」  さすがに京哉はエスカレートしすぎと判断し霧島を肘で突いた。それでも霧島は不機嫌顔を隠す気もないらしいが一応は黙る。堂本一佐も負けない鉄面皮で言った。 「自衛官ではなく外部の人員である警察官のキミたちに依頼したのは、任務成功率と機密保持の観点からの人選だ。故にキミたちにもメモリの内容を詳しく話すことはできない。そもそもキミたちに話しても状況は変わらん」  言い放った堂本一佐を睨む霧島の目に怒気が閃く。一ノ瀬本部長が口を挟んだ。 「昨日のメールに書いたようにハシビロコウ・アーヴィンの足環には某国の秘密実験基地の詳細地図及び新兵器の設計図の入ったメモリが入っている。それだけでメモリの内容については充分だろう。それ以上は『知る必要のないこと』だよ」 「なるほど。確かに我々もそこまで知りたくはありません」 「宜しい。それと鳥の足環にメモリを入れたのは藤森高史だ」 「藤森高史とは、あの公開自殺した男ですね?」 「その通り、彼も陸上幕僚監部調査部第二別室員だった。ここから先はわたしも殆ど知らされてはいないのだが、藤森は某国にて機密事項の入ったメモリを入手し、それを本当ならハシビロコウ・ヨーゼフの足環に入れる筈だったのだ」 「それを回収するために逢坂瑞樹が開けたら空っぽで、じつは藤森は間違えてアーヴィンの足環に入れた。だが気付いた時にはアーヴィンは放鳥されたあとだった。だからアーヴィンの足環を回収せよ、そういうことですか?」 「さすがだね、霧島警視はいい勘をしている」 「だがそれこそ自衛隊内部の人間を極力動かしたくないのなら、何故逢坂瑞樹のみを動かしてアーヴィンの足環を回収させない? 関係者は少ない方がいいのだろう?」  そこで穏やかに口を開いたのは江崎二尉だった。 「機密事項入りのメモリは大変な価値があります、特に当事国の某国にとっては。藤森一尉も某国のエージェントに殺されたとの見方を我々はしておりますので、逢坂二尉だけにこの任務の遂行が可能かどうかは疑問、そこで貴方がたに同行をお願いした次第です」 「ならば我々は瑞樹のガードをしていればいいのだな?」 「その時々であなた方ご自身に判断を願いたいですが、基本はそうなりますね」 「では、霧島警視と鳴海巡査部長に特別任務を下す。逢坂二尉の警護に就きたまえ」  本部長のテノールに呼応した鋭い霧島の号令で京哉もその場に立ち上がる。 「気を付け、敬礼! 霧島警視以下二名は特別任務を拝命します。敬礼!」 「うむ。またもきみたちには県警捜査員としての本分を越えた任務を課すことになる。だが必ずや完遂してくれると信じている。無事に帰って来てくれたまえよ」  それからは日本やユラルト王国政府にトランジットで通過する各国発行の武器所持許可証を確かめたり、チケットや経費の入ったクレジットカードに予備弾薬を預かったりと忙しくなった。それらを一旦ポケットに入れ、抱えると、本部長室を辞して詰め所に戻る。  詰め所は殆どの隊員が警邏に出てしまい閑散としていた。そこで機捜本部の指令台に就いた竹内(たけうち)警部補を捕まえると、また秘書ともども出張に出ることを告げる。 「すまんが不在の間も各班長を主軸にして副隊長を支えつつ宜しくやって欲しい」 「分かりました。隊長と鳴海の無事の帰りを待っていますから」  もう誰も怪しい出張内容など訊かない。自分たちには『知る必要のないこと』だと分かっているからだ。それでもやたらと怪我の多い出張にデキ婚で新婚でもう二人目が出来たらしい心配性の竹内は顔を曇らせている。  だが長々と喋っているヒマもなく、京哉は持参してきたショルダーバッグに本部長室で渡されたものを詰め込むとコートを着た。霧島もコートを羽織ると準備完了だ。笑い転げていながら、ちょっと羨ましそうな小田切が号令を掛ける。 「気を付け! 出張に出られる隊長と鳴海巡査部長に敬礼!」  数少ない在庁者に見送られて答礼をしつつ二人は詰め所を出た。
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