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第22話
「仕方ないな、時間だ。行くぞ」
霧島の音頭で皆が腰を上げる。ここのチェックは瑞樹が済ませた。霧島たちも経費としてクレジットカードを持っているので食費は交互に支払うことで話はまとまっている。そのままレストランを出てチケットのチェックインを済ませた。
そうしてターミナルビルの指定場所に駆け付けると、小型機に向かうためのマイクロバスが待機している。数秒間だけ凍えそうな思いをしてマイクロバスに乗り込むと、霧島たちが最後の客だったようですぐ出発した。
ゴロゴロと走ったかと思えばもう停止する。窓から小型機は見えていた。いわゆるビジネスジェットというヤツだ。
だがマイクロバスから降りて乗り込むまでがまた寒かった。
「うわ……すっごい、何これ、顔が凍りますよ」
「雪というより、これは吹雪だな」
「本当に予想外、僕もコートを成田に置いてきて失敗したよ」
細かな雪を含んだ風が唸っていた。息が白い。いや、見渡す限りが白かった。無論コンクリートの地面は雪かきされていたが、滑走路のふちの積雪は三十センチほどもあった。痛いような冷気に晒され体温がたちまち奪われてゆく。あっという間に呼吸器官が冷え切り凍えた。
ビジネスジェットのシートに座ると過剰に緩んだ三人は溜息をつく。
「で、ここから三時間でしたっけ?」
「ああ。時差はないな。順調に飛べば十六時過ぎの着だ」
喋っているうちに英語でアナウンスが入って出航した。今回はいつもより同行者が一人多いので京哉も言葉で不自由は感じていない。
だが国外での特別任務がここ暫く立て込んだため、酷くお粗末だった英語力も随分とマシになり、何もかも霧島に頼るということもなくなっていた。それでも霧島が京哉を海外で独りにすることなど殆どないのだが。
快調に飛ぶビジネスジェットの窓外を眺めていた瑞樹が思い出したように言った。
「アール島に入るのに先に入島税を払うんじゃなかったかな?」
「それなら大丈夫です。チケットのチェックインをした時に、僕のパークレンジャーの証明書を代表者にして三名分の入島税は払いましたから。名簿に載ったのも確認済みです」
「ありがとう。仕事が早いね、誰かさんと違って」
「いえ、忍さんのアドバイスですよ」
「そうなんだ。でも霧島さんのバディなんて、ものすごく手が掛かりそうだよね」
「うーん、時と場合によりますけど、そうでもないですよ」
「そんなこと言って甘やかしてると、あとが大変だよ」
書類仕事以外なら何処までも甘やかして手を掛けられたい京哉は、微笑んでバディでありパートナーの男を見つめる。霧島は我関せずといった風情で窓外を眺めていた。
「ところで瑞樹。どうやってアーヴィンを捕まえるんですか?」
「それだ。島中を駆け回っても相手は鳥、飛ばれたらどうしようもないだろう?」
既にうんざり顔の二人を瑞樹は笑う。
「アール島中は駆け回らないよ、周囲が千キロ以上あるんだから。それにアーヴィンを含めたハシビロコウの群れはラティス湖畔にいる筈だからね」
「ラティス湖というのはどのくらいの広さなんだ?」
「確か周囲が五十キロくらいかなあ」
気を落ち着けるために霧島はキャビンアテンダントから二人分のコーヒーを貰う。倣って瑞樹も紅茶を貰って口をつけた。ひとくち飲んでからまた笑う。
「心配するほどじゃないよ。アール島の全ての動物は研究対象だからね、今季新たに生まれた個体以外は発信機が付けられているから」
「ってことは、GPSのモニタで居場所が分かるってことですか?」
「そう。機器を借りれば何処にどの個体がいるかくらいすぐに分かる筈だよ」
顔を見合わせた霧島と京哉は軽く溜息をついた。
「何だ、それを早く言ってくれ」
「車か何か借りられるんでしょうか?」
「パークレンジャーのパーティーには、監視局から車かヘリを貸し出してると思う。でもヘリは借りても操縦できないから仕方ないんだけど」
「それなら僕に任せて下さい。これでもヘリの操縦はできますから」
過去の特別任務でヘリの操縦まで覚えてしまった小器用な京哉だ。そのとき霧島はゲーム感覚でバルカン砲だのロケット弾だのを撃っていたので操縦できない。
「では話は早いな。機密メモリを手に入れてから敵は某国のエージェントだけだ」
すると瑞樹は忌まわしい言葉でも聞いたかのように顔を曇らせた。同僚の藤森高史が死んだのも目前で見たのだ。どう見ても自殺だったが、堂本一佐の副官・江崎二尉が言っていた通りなら何か計り知れない方法で以て藤森は殺されたのである。
「入国審査でも見てたけど瑞樹は英語も堪能ですよね。言ったら何ですが不遇をかこつ人の多い自衛隊より他の組織に誘われたり移籍を考えたことはないんですか?」
「僕なんか捨て駒にされるのがオチだから。でも……やっぱり狙ってくるかな?」
「モノがモノですからね。だからこそ僕らがガードに就いてる訳ですし」
「貴方たちまで危険な目に遭わせるかも知れない、ごめんね」
「瑞樹のせいじゃないでしょう?」
「ん、まあ、そうなんだけど」
そう言った瑞樹は暫く沈んだ調子だったが、まもなく到着するというアナウンスが流れる頃には笑顔を取り戻していた。
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