第24話

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第24話

「何だか、結構シュールだな」 「そうかも知れませんね」  傍にきた京哉も頷く。見渡した左側に管制塔と白っぽい空港の滑走路、それに積み木を積み上げたような四階建ての建物があった。小ぢんまりとしたこれが空港施設の全容で、そこからアスファルトの道路が伸びてこのビルの敷地に繋がっている。  人工物はたったそれだけ、あとは綺麗さっぱりサバンナの平原だ。草が生え、岩が転がり、広葉樹が点々と茂るそれも動物のために人間が手を入れた人工物だといえるのだが、地平線まで続く平原は見た目には壮大な自然そのものである。  そこにこのビルはモノリスのように生えだしているのだ。 「映画のセットみたいですよね」 「何処にも動物は見当たらんな」 「そう簡単に動物の群れには出会えないよ、広いんだもん」  やってきた瑞樹の色の薄い瞳は、それでも期待に輝いているようだった。 「で、どうするんですか?」 「出掛けるに決まってるじゃないか。日没は十八時十五分、まだ時間はあるんだし」  腕時計を二人が見れば十七時十分である。僅かに二人の眉間にシワが寄った。 「あのう、ここからラティス湖まではどのくらいなんでしょうか?」 「地図はこれだよ。ほら、二百五十キロくらいかな」 「二百五十キロって、瑞樹、お前……」 「ヘリでも往復するだけで二十時になっちゃいますよ」  だが夢にまで見た大地を目前に瑞樹は一蹴した。 「夜だろうが任務、任務。それにナイトサファリなんて素敵だし。夜行性の動物と出会えるチャンスだよ。さあ、行こう!」  本当に任務だと分かっているのか、超怪しい瑞樹に促されるまま、仕方なく霧島と京哉も会議室を出る。エレベーターに乗ると瑞樹はさっさと二十一階のボタンを押した。 「何で二十一階なんだ?」 「まずは買い出ししなきゃ。映像では居住区の売店が充実してたんだよ」 「へえ……」  もうこうなると全ての仕切りを瑞樹に任せるしかない。非常糧食や飲料などを小柄な躰からは予想し得ないバイタリティでバリバリと買い込む傍らで、霧島と京哉は荷物持ちだ。 「ねえ、忍さん。僕らって一週間もここにいる予定なんですかね?」 「一週間が一ヶ月でも驚かんぞ、私は」  意気揚々とした瑞樹の背後で物資を満載した段ボール箱の取っ手を片側ずつ担当しながら、やっと屋上のヘリ駐機場に辿り着く。雨に叩かれたせいかヘリの外装は綺麗だった。 「A2番機、これだね」  貸し出された小型ヘリを京哉は眺めた。そう新しくもないが汎用機として信頼されているタイプだ。ロックを解き、後部座席に荷物を放り込む。霧島もパイロット席は瑞樹に譲って荷物と同居だ。京哉はコ・パイロット席だが操縦機能はどちらにもついている。  京哉が機器類をチェックしている間に瑞樹は見慣れぬ機器を操作していた。取り外し可能なモニタ画面の付いたこれがハシビロコウのアーヴィンへの案内役らしい。 「うん、ちゃんとアーヴィンのコードも入力されてる。あの子、元気かなあ」  などと独り呟きながら瑞樹は目を輝かせている。京哉がターボシャフトエンジンを始動しローターの回転も充分になると、三人を乗せた小型ヘリはサバンナ上空へとテイクオフした。  だが高々度で濃く青い空と真っ白い雲だけの世界を堪能したのはたった十五分ほどで、瑞樹は隣の京哉をじっと見つめて懇願していた。 「ねえ、お願い。動物が見える高さで飛ばしてくれないかな?」 「少しだけなら構いませんけど……」  後席の霧島を窺うとこちらは買い込んだコーヒーのボトルを手にして知らん顔だ。  元より馬鹿馬鹿しいような任務だ。滅多にできない上空からのサファリ体験もいいだろうと溜息ひとつ、操縦桿を握った京哉は小型ヘリの高度を下げた。  高度五十メートルほどを保って、地上のものが判別可能なくらいにまで減速する。すると抜群に動体視力のいい霧島と京哉が同時に何かの群れを見つけた。 「あれ何でしょう? 牛?」 「みたいな雰囲気だが」 「何処、どれ? 見えないよ」  小型ヘリは更に減速してUターン、瑞樹がヌーの群れだと確認した。土煙を上げて数百頭が一斉に移動する様はなかなかの迫力である。しかしその調子でトムソンガゼルの群れを追いかけ、シマウマの群れを滞空して眺めているうちに陽が傾き始めてしまう。 「うーん、観光と任務って両立しませんね」 「ラティス湖畔まであとどのくらいなんだ?」 「まだ直線にしたら百五十キロも飛んでませんよ」 「着いたら完全に夜ということか」 「夜でもいいじゃないか、鳥は飛ばなくなるし。それにラティス湖の近くには監視局の第三出張所があるから、そこにだって泊まれるよ」  ナイトサファリを満喫する気らしい瑞樹は、第三出張所にすら泊まる気があるのかどうか疑わしい口調で言い地上に目を凝らしている。付き合わされるのは必至だ。 「でもせめて第三出張所までは辿り着きたいから、悪いけど少し高度を取りますよ」 「ちょっと待って! あそこ、キリンがいる!」 「えっ、どれ、何処?」  そんなことを繰り返し、サバンナに沈む真っ赤で巨大な太陽も鑑賞して、第三出張所の上空に差し掛かったのは二十時を過ぎていた。
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