第5話

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第5話

 武器庫に銃を置くと手を洗い、ロッカールームで元のスーツに着替える。警官グッズ付きの帯革も締め、ショルダーホルスタにシグも収めてジャケットを羽織った。  小田切と一緒に射場に出て行くと、寺岡の姿は見当たらず霧島が一人で待っていた。 「お待たせしました、帰りましょう。ところで小田切さんはどうするんですか?」 「俺はそこの駐車場の白いセダンの後部座席かな」 「誰が貴様を乗せてやると言った? 白タクは違法行為だぞ」 「いいじゃないか、官舎まで乗せてくれても。っていうか、カネを取る気かい?」 「忍さん、乗せて行ってあげましょうよ。何なら僕が運転しますから」  そこまで京哉が小田切の味方をしたのが霧島は気に食わなかったようで、眉間に不機嫌を溜めたままさっさと射場を出る。京哉は小田切と共に長身の背を追った。  結局は霧島が運転し京哉は助手席、小田切もちゃっかり後部座席に収まっている。官舎は郊外にあり、空いた道を走ること二十分足らずでマンションの建つ地区に辿り着いた。小田切の住む官舎前の道路でセダンを停止させた霧島は、それでも小田切に声をかけた。 「貴様も今日はご苦労だったな」 「大した苦労はしていないけど、労いは有難く受け取っておくよ」 「香坂警視に宜しく伝えてくれ、副隊長」 「ああ。送ってくれてサンキュ。気を付けて帰ってくれ。京哉くんもご苦労さん」  ラフな挙手敬礼をして小田切は踵を返すと官舎に向かって走って行く。それを見送った京哉は年上の愛し人をそっと窺い、まだご機嫌斜めなのを見取って申し出た。 「帰りは僕が運転しますから交代しましょう」 「何を言っている、お前がまだ足腰を庇っているのを私が見逃すとでも思ったか?」 「あ、はあ。それはそうなんですけど……すみません」 「それについては謝らなくていい、原因は私にあるからな」  言ったきり黙って霧島は車を出す。ここからなら真城市のマンションまで四十分と掛からないと思われた。その間に微妙な空気を回避しようと京哉は思考を巡らせる。 「確かにスナイパー同士で話が合う部分もありますけど、小田切さんには香坂警視もいることですし、僕が他の男性に興味を持たないのは、誰より忍さんが知ってるでしょう?」 「私と違ってお前は女性がだめではないからな。大体、県警制服婦警軍団で結成された『鳴海巡査部長を護る会』がとうとう会員六十名を超えたという話をお前は知っているのか?」  何だか藪蛇になりそうな気配だったが、自分の与り知らないことで責められて京哉も黙っていられずに唇を尖らせて言い返した。 「そういう忍さんこそ『県警本部版・抱かれたい男ランキング』では数期連続してトップ独走態勢じゃないですか。バレンタインデーのオッズも追随を許さないダントツですし」 「だから私は元々女性がだめなんだ。それにもうお前しか抱けん。何なら証拠を見せてやりたいが昨夜の今だからな、お前を壊しても困る。明日まで我慢しよう」 「珍しく優しいことを。まあ、僕が壊れるより貴方が擦り剥けそうですけど」 「ふん、私はいつでも優しいぞ?」 「そうですね、毎回僕を失神させるくらいには優しいですよね」  もう嫉妬から来る霧島の不機嫌も払拭されたようだ。二人して微笑み合う。機捜隊員たちにまつわる無責任な噂話などをネタに雑談しつつ、マンション近くの月極駐車場に辿り着いた。  途中のコンビニで京哉の煙草を買い、顔馴染みの店長におでんまでサーヴィスして貰って、機嫌よくマンション五階の五〇一号室に帰り着く。  まずは寝室でスーツのジャケットを脱ぎ、各種装備を外すとベッドサイドにあるライティングチェストの引き出しに収めた。次に手洗いとうがいをしてリビングのエアコンをつけ、キッチンの電気ポットに浄水器を通した水を張ってスイッチを入れる。 「お腹空いたー。今週の食事当番としては冷凍庫の作り置きカレーがお勧めです」 「ああ、腹が減ったな。何でもいいから食わせてくれ。それと飲んでもいいか?」 「何かあったら僕が運転するからいいですよ。このおでんでも肴にして」  箸とからしを添えてリビングのロウテーブルに置いてやった。  早速霧島はウィスキーとカットグラスを出して二人掛けソファに座り、TVを見ながら一杯やり始める。最初から景気のいい飲み方をしていたが、霧島は非常にアルコールに強く殆ど酔ったのを見たことがないため、京哉もさほど心配していない。
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