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第8話
カンガルーやアミメキリンにベンガルトラなどを観察しながら、一時間近く掛けて『ふれあい牧場』なるエリアに辿り着いた。
ここは動物にじかに触れられるという、子供が喜ぶ王道である。二人も柵に取り付けられた出入り口から足を踏み入れた。
「京哉お前、動物を触ったことなどあるのか?」
「うーん、ミケくらいでしょうか」
ミケは以前の特別任務に絡んで二人が押しつけられたオスの三毛猫である。だがマンションはペット禁止だったため、二十四時間必ず誰かは詰めている機捜につれ込んだのだ。
野生でもあり得ないほど気性の荒いミケだが、機捜隊員たちからは鷹揚に迎え入れられて、猫好きの同志を募りエサやトイレの当番表も出来上がっているため、ミケにとっては広く快適な住処のようである。
「あ、でも僕らって特別任務で一度だけ羊に触られましたよね?」
「そんなこともあったな。では大人しそうなヤツからトライしてみるか」
まずは子供たちの手から草を食んでいる羊に二人は近づいてみた。京哉は恐る恐る手を伸ばして羊の背中に触れてみる。弾力のある毛皮を幾度か押した。
「ねえ、忍さん。この羊、すごくあったかいですよ」
「ウール百パーセントだからな」
「ああ、そっか。ちょっと目つきは怖いけど、この子は大人しいですね」
「おい、こら。ムートン、ラム、マトン、昼は焼肉もいいな……うわっ!」
他の羊に「ドーン!」と頭突きされ、長身の霧島でさえ二メートルほども吹っ飛ばされる。背後でウサギを抱いた女性客にぶつかってしまい、京哉と二人して謝るハメになった。
「すみません、大丈夫でしたか?」
「そちらこそ大丈夫……って、あら、京哉じゃない!」
「って、まさか麻美さん?」
ロングヘアの美人、それもウェストを絞ったワンピース姿はなかなかのプロポーションで、霧島は京哉の醸す雰囲気から相手の女性が間違いなく京哉の元カノだと悟る。
見つめ合う元カップルの脳裏に何がよぎっているのかは知らないが、霧島は京哉が過去に当然ながら付き合ってきた『女性』に対し、一言コメントせずにはいられなくなった。
「麻美さん、ですか?」
「ええ、林原麻美よ」
「その節は京哉がお世話になったようですね」
「お世話、そうね。とっても短い間だったけれど。それで貴方は誰なの?」
うっすらとでも見覚えがあるのか、麻美は胡散臭そうな顔をしてじろじろと霧島の顔を見る。その気の強そうな口調に負けず、霧島は何処の貴族かと思うような優雅な礼を取った。
「京哉のパートナーの霧島忍です。以後、お見知り置きを」
涼しい顔に微笑みを浮かべるのも忘れない。今度は霧島と麻美で見つめ合った。
「霧島忍ってまさかあの霧島カンパニーの? それにパートナーですって?」
「ええ、そうですが、何か?」
麻美はこわばった笑顔で明らかに自分よりも美人度が上の霧島を眺めたのち、半ば固まった昔の男に向き直る。そして抱いていたウサギを憤然と京哉に押し付けた。
「ふうん、そうだったの。それじゃあ、わたしなんかお呼びじゃないわよね」
「ちょっ、麻美さん、これは――」
「失礼するわ。ユウヤ、行きましょ」
ワンピースを翻し、麻美は連れの男と遊園地の方へ去って行った。ウサギの耳を掴んでぶら下げたまま京哉はまだ呆然と固まっている。去ってゆく男女に霧島は鼻を鳴らした。
「ふん。お呼びでないのはこちらの方だ」
「って、忍さん、もしかして妬いてるんですか?」
「悪いか?」
と、可哀相なウサギを受け取り、
「向こうも男連れ、それであの態度だぞ?」
「だからって高らかに宣言しなくてもいいじゃないですか」
「宣言されて拙いことでもあるのか?」
「あ、う……いいえ」
「それより、あちらで牛の乳搾りをしているぞ。行ってみないか?」
ウサギを草の上に置くと、霧島は少々凹んだ京哉を誘って移動した。
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