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翌朝靖は、日除けの青いパーカーだけを羽織り、通勤鞄を背負って出立した。
僻地の鉄道の無人駅から、さらに山手へと向かう老朽化したバスに乗った。
満足に舗装されていない野道を、薄くなった座席が体に伝えてくる。心地よいとはとても言えない振動だったが、何キロか走るうちに靖は微睡んだ。
悪路が見せたのは抽象的な悪夢だった。
何者かと衝突して融合し、おどろおどろしいものに吞み込まれて自分が失われていく。
目を覚ますと日は暮れかけ、間もなく妻の生まれ育った集落だった。
過疎地で大した予算はつかないだろうに、バスに比べて妙に新しい停留所が靖を出迎えた。
迎えらしき車はない。凡その到着予定時刻を、乗車時に運転手に尋ね、妻にラインしておいたのに。
仕方なく薄暗い道を妻の家まで歩く。軽装でよかった。身重の妻を少しだけ思う。
妻の実家は挨拶で一度来たきりだ。義母は既に他界していて、無口な義父に頭を下げただけの訪問だった。
靖とて妻とは逆の北の田舎出身ではあるものの、昔ながらの立派な日本家屋には驚かされた。
手入れが行き届かないからと玄関周りの植木が切り株になっていたのが、名家の没落を窺わせた。
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