4/4
前へ
/11ページ
次へ
 背後から肩を掴まれ、靖は我に返った。  宵闇の中を、強烈な光が差していた。女児と靖の間に割り込んで、向こう側の光景が明るさに消失する。 「いけない、そっちへ行っちゃ」  振り返ると、古びた割烹着に身を包んだ老婆が、鋭い眼光でこちらを射抜いていた。  額から首筋、指先に至るまで肌の露出している部分にくまなく走った(しわ)と血管が、痩せぎすの体を隆起させ操っているようだった。  なぜ見知らぬ老婆に邪魔されなくてはならないのか。もどかしかった。長い旅路の果てに、すぐそこで妻が待っている。行かなければ。  なぜ? 心配して駆けつけるほど妻を愛してはいないはずだった。「すぐ来て」と言われても放っておいたってよかった。けれど、どうしようもなく全身があちらを目指している。  老婆の手を振りほどくのは容易かった。向き直ると玄関前にはもう、妻に生き写しの女児も、若い義母もいない。ただ闇があった。  焦燥感に襲われる。また、。  何を? わからない。靖は見えない力に引き()られるように飛び石を渡り、敷居を跨いだ。  ようやく到着した。長い道のりだった。死んだような屋敷の土間を、靴を脱ぎ捨てるのもそこそこに駆け上がった。  青いパーカーのフードが頬にまとわりついて不快だ。  どの部屋に向かえばよいかは不思議と知っていた。(ふすま)に手をかける。畳の間を抜け、続く襖を何枚も開け放っていく。  最後の一枚を勢いよく開いた。脱気された瓶の蓋がポンと音を立てるように、空間が向こう側と繋がった。  その瞬間、赤ん坊の産声が聞こえた。今まさに生まれた。  靖の記憶はそこで、別の回線に接続されたかのように、ぶつっと途絶えた。  あっ用済みなんだな、と意味も分からず直感した。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加