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自我が薄れていく中で、靖の魂は知らない世界を浮遊していた。
大正、あるいは明治の世かもしれない。土壁に囲われた座敷に幽閉されている女児がいる。
魂はそこに停まり、自意識が居付いた。
閉ざされていた戸が開く。見覚えのある老婆から皮膚のたるみと皺をアイロンで伸ばしたような、強い眼の婦人が立っていた。
やはり割烹着だ。年の頃は靖とそう変わらない。
女児と意識を分け合う今、服装から産婆かと思われたが、予想に反し、山向こうから遣わされた医者だと名乗った。
これより其方を断種します。お覚悟を。
来るな。やめろ。自分が自分でなくなってしまう。身を裂くような凄まじいほどの恐怖に、靖は悲鳴を上げた。
喉から出たのは、甲高い女児の叫びだった。
感情の源は靖でありながら、女児でもあった。どこからが靖で、どこからが女児なのか、互いにわからなくなっていた。
靖は女児の記憶をなぞり、苦悶の過去を思い出す。
生まれながらに、血肉を欲していた。
自分の足で歩けるようになって数年の間、夜な夜な集落の人間を襲い、生き血を啜っていたのがある日、露見した。
その時を境に、怪異として迫害されるようになり、隔離された。
座敷牢で狂った叫び声を上げては、両の眼に血を滾らせる日々を女児は過ごしていた。
そこに靖の精神が合流したのだった。
憐れんだ親族の訴えで殺害を免れ、不妊手術を施されると、憑き物が落ちたように陰惨な衝動は鳴りを潜めた。
人肉とは、子を成すための栄養だったのだとそれで女児は知った。
話はそこで終わらなかった。
人為的に取り出された生殖器が、元の体の人間離れした生命力の強さを引き継いで、別個の人間となり蠢き始めたのだ。
女児は、自分の一部であった臓器から生まれたその片割れを目にすると、落ち着いていたのが一転し、狂い泣くようになった。
手を下した産婆と集落の人々は、分かれた二つが再び一つになるのを恐れた。
互いの存在によって力を強めた両者は、もはや殺しても死ななかった。
それで女児と片割れは、北と西、本州の両極端に離された。
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