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 そういうことだったのか、と靖は納得がいった。  運命、と妻が囁いたとき頭に浮かんだのは、そんなことを言う女とは思わなかったという幻滅と同時に、一抹の共感だった。  自分も探していたのではないか。大昔に引き裂かれた遺伝子の相方を。  運命の遺伝子が合わさって一つになったとき生まれるものが何なのか、靖にはわからなかった。  ただ、悪夢の再来を危惧して封じた祖先の畏怖が、正体不明のまま乗り移る。  自分たちは何を生み出してしまったのか。いや、まだ生まれていない。でも妻の胎内にはもう息づいている。  命の造形として確定した。この世に存在をゆるされたという点では実質的にもう生まれてしまっている。  愛すべき我が子にそんな負の感情を抱くのは間違っている。でも寒気が止まらなかった。  遺伝子が互いを探し求めていた。運命の遺伝子と遺伝子。運命のふたり。  いや、人間未満の存在である遺伝子を、ふたりと呼ぶのは不適だろうか。でも確かに意志を持ったふたり、としか言いようがなかった。  それどころか人間であるはずの自分と妻の方が、遺伝子に操られていたと考えるなら。  自分という生物を切り刻んだ極小の欠片で、生命の根源でもある遺伝子の方が、よほど強い意志を持った、ふたりと呼ぶべき存在に相応しいのではないか。  離して()かれたはずの遺伝子が再合流したのは、妻の血筋に潜んだ、本能的な渇望によるものだった。  何世代もかけ未遂に終わっては子に使命を託し、無数の中から嗅ぎ分け、ついに成就した。  融合すれば安穏とした個としての自分が消えるのも厭わず、血の命じるままに明け渡した。  妻は怪異の末裔(まつえい)で、それを現世に連れ戻す鍵が、靖の家系だった。  摘出された臓器が独立した命として生き永らえ、別の血筋を開いた。内に秘めた遺伝子が熱烈に探されているとも知らずに。  生き別れた遺伝子ふたりは地続きに()り続けられるよう、水を越えられない制約を宿主に課した。  海より山が好きなどと暢気な雑談を妻と交わした日があったが、靖は水辺が訳もなく嫌いだった。  海遊びの類いには寄り付かず、水上を航行する船はもちろん、上空を翔ける飛行機にさえ本能的な忌避感があった。  靖は自分の体に流れる、忌まわしき因縁を実感した。
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