2/4
前へ
/11ページ
次へ
(ようや)く思い出したか、(けが)れた生殖器の末裔よ」  かろうじて意識を保っている靖の精神に、割烹着の老婆が呼びかけた。 「あのバスに乗り込んだ時点で、靖という名の人間は終わった。いや、妻の遺伝子に潜んだ怪異の『すぐ来て』という声に応じた時点で、というべきか。肉体は揺られ、空っぽのまま器だけ目的地に終着するであろう」  勘付きつつあった。この旅そのものが、引き裂かれた遺伝子が合流する壮大な道筋を、簡略化して辿っている。いわば暗喩なのだ。  そう、これは遺伝子に乗っ取られた精神の見せる夢に過ぎない。  お前は誰だ、と靖が問い(ただ)すと、老婆は笑った。 「あたしは血塗られた産婆。命を生かす務めに背いた業の深さにより、己が殺めた怪異を再びこの手で取り上げる日まで生かされ続けてきた。だが遂に終われる」 「怪異は、女児(あの子)は死んだのか」 「片割れを失い、長くはもたなかった。杜撰な不妊手術も相まって息絶えたよ。むろん子は成さぬままにな」 「だったらなぜ! そこで妻の血筋は途絶えたんじゃないのか」 「当時は遺伝子などという概念は広く知られていなかった。発現者の女児が逝けばよしとの考えで、その姉妹たちは何事もなく出産し、当世に血を繋いだ。劣性遺伝、潜性遺伝といえばわかるかのう、形質を外に現さず遺伝子に潜伏させたまま伝わる。一説には完全に淘汰されないためだとか」 「まさか」 「そう、それが笹倉家じゃ。同胞を食らう怪異という血を、世代を超えて受け継ぐための()れ物のような一族とでも言おうかね。該当の血を引いた娘は、虹彩に異常が出てな。赤い眼の子を見届ければ、役目を終えた親は(じき)に死ぬ。運命の遺伝子と巡り会えないがゆえの欲求不満を血に濃縮させ、嬰児をひり出し、悲願を次に繋ぐ。後ろ暗い希望を」
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加