ひそやかな英雄

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そうして、どれぐらいの月日が経っただろうか。 俺は再就職を果たして、今ではトラックドライバーをやっている。 一方、A氏は人類を救った英雄として世界中の尊敬を集めている。 まさしく俺なんかとは住んでいる世界が違う御方だ。 だが、「4月1日」のあの夜、A氏の命を救ったのは間違いなく俺だ。 今にして思えば、俺が「4月1日」を無事に越えられるかどうかは、 A氏……否、あのおっさんに声を掛けるかどうかにかかっていたんだろう。 声を掛けなかった場合、俺とあのおっさんは共にトラックに轢かれて死んでいた。 声を掛けたことで、俺もおっさんも生き延びて……そして、人類は救われた。 俺は今、その世界に居る。 俺自身は名も無い小市民に過ぎないが、ひそかに人類を救った英雄でもあるのだ。 その誇りを持って、俺は今日も着実に生きている。 俺だけじゃない。 普通の人が普通に生活をする……ただそれだけのことが、 周り回って世界を救っているのだと、俺はそう思っている。 例えば……そう、俺が今、このトラックの中でくしゃみをする──ただそれだけのことで、世界は今日も救われるのだ。 (終)
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