ひそやかな英雄

4/6
前へ
/6ページ
次へ
(しかし、何でこう何度も繰り返すんだろうなあ) 疑問を抱えながらちびちびとお酒を飲む。 その疑問は解消されないまま、俺はバーを出た。 暗い夜道をひとりトボトボと歩く。 きっと、今回もあのおっさんは現れるのだろう。 5回目の再会を果たして、そして── (ああ、やっぱりな) 自宅アパートへ向かう道すがら、向かい側から歩いてくる男の存在に気付く。 小太りで黒縁眼鏡をかけた例のおっさんだった。 彼と目を合わせることもなく、ただすれ違うことを繰り返してきた。今までは。 だから── 「あの……」 「はい?」 すれ違いざまに、俺はそのおっさんに声を掛けた。 次の瞬間、突如としてトラックが現れた。 思わず、俺はおっさんの腕を引き寄せる。 そのトラックは、おっさんのすぐ後ろスレスレの所を通り、駆け抜けていった。 「…………」 しばらくの間、呆然とその方を見つめる。 もし、俺がおっさんの腕を引き寄せていなかったら、二人ともやられていただろう。 「おやおや、驚きましたな」 走り抜けたトラックを見つめつつ、おっさんがほっと息をつく。 その声で我に返った俺は、慌てておっさんから手を離した。 「あー……おっさん。  この道、ちょっと狭くて、車が通る時とか結構危ないから、気を付けて」 「これはこれは、ご親切にどうも」 おっさんは柔らかい物腰で頭を下げた。 つられるようにして俺も軽く頭を下げる。 それだけのやり取りだった。 そうして俺とおっさんは、それぞれの行くべき方向へ歩き始めた。 ほんのりと涼しい夜風が妙に心地良かった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加