転生したのは、誰のせい

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 神が、君は死んだと私に言った。 「次はどんな人間に生まれ変わりたい。もし希望があれば、可能な限り叶えるよ」  私は暗い空間の中で、男とも女とも分からないその声を聞いた。声のする方から、暗闇を引き裂くように白光が煌めいている。ここはどこ、と聞く前に私はその神々しさにひれ伏した。 「な、なに」  声は悠長に間延びした声で私の言葉を受け入れる。 「神もさ、思ったわけよ。悲しかったわけよ。君の人生を思うと、涙を禁じえなかったわけよ」  神々しい声だと思っていたが、妙に間延びした声に苛立ちが生まれた。私の人生を憐れんでいるだろうこいつに、一発くれてやりたい気分だった。 「誰ですか、あなた」 「神よ。感じるでしょ、神のこと。魂で」  知らねえよ、とこめかみがヒクついた。  そもそも、一人称が「神」だなんて、不遜だろう。 「分かりませんよ」  怒りの滲む私の声に、声はウンウンと心の籠っていない無神経な相槌を打つ。 「君は無宗教、だよね」 「それが何か」 「本来さ、なんの神でもどこの土地でもいいけど。信仰心のない人間の魂なんかどの神も助けないわけ。だって、崇拝する大いなる存在や指針がないんだもん。それはわかるよね、信仰心ってやつがなくてもさ。ねえ、君の魂の行く末を今、誰が握っていると思うのさ」  暗闇で立ち上がろうとする私の膝が、ぴたりと止まる。  神って奴にも、怒りに任せて脅しをかける感情や行動力があるのか。良いことを知った。元々、生まれてきたことの奇跡や人生の意味に気づくこともなく、死んでしまった命だ。 「脅されたって怖かないよ」  口調を丁寧にするのも馬鹿馬鹿しくなり、私は声に向かって声を上げた。  声も負けじと反論する。 「汚い言葉遣いだ。君の顔と同じくらい」  その言葉に、私の言葉は波風立たなかった。妙な軽口だったから、ではない。結局私の人生を肯定するのは私しかいない、そのことを再確認しただけだからだ、  まあ、その人生は呆気なく幕を閉じてしまったんだけど。 「その言葉、そっくりそのままお返ししてやるよ」 「神の機嫌を損ねてもいいのかなあ。次は、君の望むような人生の設計図を立てられるのに」 「だからなんだ。お前みたいな得体のしれない奴の力なんか借りない。さっさとここから連れ出せ」  うーん、と声は悩んだようなふりをする。 「次生まれ変わるのが、君の大嫌いな醜いガマガエルでも、構わないのかい」  何故私の好き嫌いを知っているのか、を尋ねるのは愚問に思えた。こいつは得体のしれない、光と声だけの実態の見えない何かだ。なぜとかどうしてとか、そんな理屈は通じない。  悔しいが、この声が私の想像をはるかに超えた存在だと、頭が分かっていた。魂だけはこんな軽口ボイスは即刻関わりたくないと警鐘を鳴らしている。  頬を汗が流れた。  醜い容姿でまた苦しむのか、なんて微かに怖気づいてしまった。でも、人間以外に生まれ変わればルッキズムから脱却出来るかも、とも。さらには、こいつにおべっかを使えば良い環境で生まれることが出来ると皮算用もした。  僅か数秒だが、色んなことが頭を駆け巡った。 「やってみろよ」  そしてこの数秒の間も、相手にとったら様々な感情が巡ったことだろう。 「なんだって」  私は必死に考えた数秒で、負けたくないと意地を張った。いつも、死ぬ間際まで張ってしまった意地をまたここで張った。同じ轍を踏んだが、構わない。 「何に生まれ変わろうが、私は構わない。好きにしろ」 「無謀だね。蛙の次に何度も生まれ変わっても、人間に辿り着けるだろうか」 「あんた、仏か」  魂が循環する、その考えは歴史の授業で習った。あれは十四歳の時だ。自分とは違う視点や考え方を学べる良い科目だった。ああ、教室に戻りたい。別れを告げる友人はいなかったが、世話になった先生に最後の別れも告げられなかった。  私の考えを余所に神は声を上げる。 「あいつとは違うよ。今のはただの脅し。日本人にはなじみ深い考えでしょ、輪廻転生。悪いことしたら蛇に生まれ変わるとか、そういうやつ。君ってば、ホント怖がらないね。神はそういう無謀な下衆が好きよ」  無信仰な私が言うのもなんだが、なんて不敬で不遜な奴なんだと呆れてしまう。 「じゃあ、なんの神」  その時一瞬、その声の正体と目が合った気がした。  巨大な、直視してはいけない太陽の光に目を焼かれるような恐怖で、目を逸らす。 「まだ、決まってないのよ」  俯かせた顔から足元に、水滴が落ちる。夏に体育の授業でマラソンでもしたかのような大量の汗だ。しかし、呼吸は落ち着いている。汗腺と動悸が一致していない異常さに、私は静かに恐怖した。  目の前にあるのは、無邪気な巨大な力だ。 「あっそ」  強がりも頼りない。神はそれすらもそよ風のように受け流す。 「でも実績が欲しいわけ。新参なりに、功績を上げれば名のつく何かになれるかもしれない。どこかの土地で愛される神に為れるかもしれない。神もね、苦労してるのよ」  誰かに愛されたい、という気持ちは私にも分かった。  生まれてきたことが幸福だと実感できる何かが、誰かが居れば。例えば誰もが羨む才能、人格、容姿。例えば優しい父母、互いに支え合えるきょうだいや親せき。特別な誰かが、一人でも私の人生でいれば。 「私を、どうしてここに連れてきた」  答えを待ってましたとばかりに、光は煌めく。 「君に次の人生を与えよう。神の力によって」  エゴに満ちた答えに、私は共感してしまっていた。
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