満月の夜、キミの手を取って

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「いやです」  目覚めたばかりのかわいらしい顔の姫君は、俺の顔を真っすぐに見てそう言った。  ふ、と息を吐き出して、俺も安堵の笑みを浮かべる。 「良かった、俺もそのつもりで話したので」 「え?」  それは村に伝わる言い伝えだった。  満月の夜にだけ泉の底から眠れる姫君が浮かび上がる。  彼女を起こせるのは運命の人だけであり、その者と姫は結ばれなければならない。  大変だなぁ、と幼いころは思って居たのだが。  適齢になった男は一度、その姫の傍に行って一晩過ごす掟があったのだ。  そうして強い浄化の力を持つ姫を目覚めさせる。  運命の人だった者はその時点で新たな村長となり、共に村を守らなくてはならない。  厄介ごとに巻き込まれたくはなく、出来れば穏やかに暮らしていきたかった俺はその話に興味がなかった。  目覚めさせることが出来れば問答無用で村長になれるので、野心家の男たちは期待に満ちていた。  けれど、適齢になるとすぐさま姫に挑んだ彼らは目覚めさせることが出来ず、夢破れて行った。  出来れば自分の番が来る前に目覚めてくれればいい。  そんなことを思って居たのに、村で今現在適齢の、一番最後の男である俺が目覚めさせてしまったのだ。  村に伝わる言い伝えの事を説明し、俺は結ばれたくない。  そんな風に話をしようとしていたら、彼女が先に断ってくれた。  万が一目覚めた時にするという動作を覚えさせられていたので、彼女の手を取って頭を下げたポーズのまま俺は続けた。 「俺は良く知らないあなたと結ばれるつもりはないし、村長にもなりたくない」 「そう、なの……?」 「ええ。でもでも目覚めてよかったな、とは思っています」 「ありがとう」 「どういたしまして」  何をどうして眠らされていたのかも伝えられていない。  だが浄化の力が強い事だけは語り継がれているのを見ると、利用しようとしただけのような気もする。 「結ばれるつもりはありませんが、まだ家もないはずですよね。俺の家の一部屋使ってください」  思ったより上手く責任逃れが出来そうだな、と内心気が軽くなったので聞いてみる。  すると、彼女はどこか少し恥ずかしそうに言った。 「……あ、あの」 「はい?」 「私が村長をやりますし、結ばれなくても良いです。その代わり、あなたの家の一部屋を使い続けてもいいでしょうか」 「ええ。構いませんよ、そんなことでよければ」  そうして、顔は合わせるものの、基本的には部屋が別れているので甘い雰囲気にもならず日常が過ぎていった。  見たことのない料理を作ってくれたり、家事を手伝ってくれたり。  一方でテキパキと村の運営も進め、彼女が来てからあたりはすごく発展した。  思ったよりも不器用な所や天然だったりもして、可愛い人なのも分かって来ていた。  気が付けば、良く知らない人では無くなっていた彼女が、何故か俺の部屋に居た。 「あ、あの……?」 「もう、よく知らない人ではないでしょう?」 「確かに。それはそう、ですが……?」 「政治の為に利用するでもなく、肉欲が目的でもなく」 「はぁ」 「一緒に過ごしてくださるあなたはまさしく、運命の人」 「……え?」 「私と改めて、結ばれてはいただけないでしょうか?」  初めて出会った時と同じ、どこか恥ずかしそうな顔。  目覚めてすぐにはもう、決めていたのかもしれない。 「……運命の人かはわからないんですけど」 「は、はい」 「この先も一緒に過ごす人では居たいので、よろしくおねがいします」  初めて会ったあの日のように、俺は彼女の手を取り今度は跪いて深く頭を下げたのだった。
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