『都会の陽はまた昇る』

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 ーまるで、都会の太陽みたいなやつだったなあ。 そう思いかけて、いや違うと首を横に振る。まだ過去にはしたくない、まだあのいくつもの思い出の粒たちが過去だとは思いたくなかった。ピアノでたとえるならインテルメッツォ。曲間の静かなるざわめきでも、最後の一音を弾き終えfine(フィーネ)を迎えた後の何とも言い難い静寂でもない、旅路の途中。また旅路が再会されると思い込んでいないと、この指は動かなかった。彼がいなくなっていつもそばにいたはずのリズムは失われて指は流れに乗らなかったが、何かしら指を動かしていないと、彼ともう2度と出逢えない、そんな予感がしていた。自分の指が生み出した物語で彼を引き戻す、そんな予感がした。  彼は、ある〝2点〟を除いて、完璧なひとだった。 よく〝ありがとう〟と人に感謝すること。 いつも笑顔なこと。 笑うのが苦手な私をいつも笑わせてくれること。 まわりをよく見ていて、困っていたら助けてくれること。 頭が良く計算が出来、地図が読めること。 家族思いで、家族を大切にしていること。 料理が出来ること。 リーダーシップがあり、良し悪しを判断出来ること。 そして自分を持っていること。 良いところを挙げればキリが無いほどだったが、彼には致命的な〝欠点〟が2つだけあった。 一つは、私に恋愛感情を抱いていないこと。 そしてもう一つは、ー突然いなくなってしまったこと。 毎日のように一緒に笑い合っていたのに、彼は突然いなくなった。何の前触れも無く。何らの理由も無く。それから3日が過ぎても、1週間が過ぎても、1か月が過ぎても、何も音沙汰は訪れなかった。 彼の中で、陽が沈んでしまったのだろうか。太陽の時間は終わり、夜が訪れてしまったのだろうか。 夜の暗い闇は世界を不安にさせる。ずっと暗いままなんじゃないかと、ずっと一人なんじゃないかと、深い深い世界の底に落とし、孤独を呼ぶ。 しかし、明けない夜は無い。 長く暗く深い、不安で孤独な夜は、きっといつか、必ず明ける。 夜のトンネルを抜けた先には、またやさしい朝が来る。 だから、私は信じている。 きっといつか、彼が戻って来てくれるその日を。 朝が得意だった彼は、きっともうすぐそこで、「おはよう」を言う準備をしている。
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