シンデレラにはなれません

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 朝起きてテレビをつけると、世界はあっさり征服されていた。 『本日未明、地球に飛来した無数の外星人により、我が星は侵略されました。これは映画やドラマではありません。繰り返します。これは映画やドラマでは……』  髪を振り乱したアナウンサーが、真っ青な顔で必死にがなり立てている。彼の背後にはもうもうと煙を吐き出す首相官邸が映し出されていたが、画像は荒く、じっと見ていると酔いそうになるぐらい揺れていた。  手にしたスマホは圏外になっている。インターネットにも繋がらない。  カーテンの隙間から外を覗き見ると、街は案外静かだった。梅田や難波みたいな中心地とは違って、パッとしない地方都市の寂れた住宅街だから、特に目立った異変もなく、みんな実感が湧かないのかもしれない。 「あっ……」  同じように外を覗いていたお向かいの一軒家の奥さんと目が合い、そっと窓から離れる。悪い人ではないのだが、顔を合わせる度に、いつまでも独り身の私を憐んでいる気配を感じるので少し苦手だった。ヤンチャ盛りの息子さんを叱る声も良く聞こえてくるし。 「……後でまた何か言われるかなぁ」  ため息混じりに一人ごちた時、テレビの画面がパッと切り替わった。小さな演壇の後ろに、日の丸国旗が掲げられている。よくニュースで見る光景だ。  けれど、画面の端から颯爽と現れたのは、明らかに人間とは言えない姿形をした生物だった。 『地球人諸君』  演壇にまっすぐ立ち、流暢な日本語で喋り始めたそれは、まるで昆虫をモチーフにした特撮ヒーローのようだった。いや、世界を征服したのなら、怪人と言った方が正しいのかもしれない。額から飛び出た二本の触角に、逆三角形の顔。どこでどう調達したのか、律儀に着たスーツの袖から伸びる両手は固そうな外殻に覆われていて、その上、色は緑だ。 「……カマキリ?」  昆虫には詳しくないが、多分そうだ。マジマジとテレビに顔を近づける。知らず知らずのうちに握りしめていたスマホの画面に、名前がサチの割に幸薄そうな私の顔と、寝癖のついた黒髪が微かに映り込んだ。 『すでに全世界の主要な施設は我らの支配下に入った。抵抗は無駄だ。逆らうものは容赦無く排除する』  それは人類の時代の終焉を意味していた。  呆気に取られる私を尻目に、滔々と今後の方針を語り終えたカマキリ怪人は、複眼で周囲を鋭く睨め付けると、現れた時と同じく、颯爽と画面の外に去っていった。  彼の言うことが本当なら、これから私たちは、怪人たちの生活を支える労働力として生きていくしかないらしい。  シンとした静寂を切り裂くように、窓の外からお向かいの奥さんの泣き叫ぶ声が聞こえてきた。それに触発されたのか、街のあちこちから絶望の声が上がる。もちろんテレビ画面の向こうからもだ。  ……今日って、仕事あるのかなぁ。  けれど、私がまず考えたのは、そんなくだらないことだった。
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