第22話 文芸部にて 4

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第22話 文芸部にて 4

 十二月に入るとさすがに文芸部の部室も寒くなってくる。この学校は各教室に冷暖房完備してるし、断熱化までしているとか。維持費はかかるそうだけど。ただそれでも、光熱費には限度があるし、天井が高いと冷たい空気は下に溜まってくる。すると、文学少女の多いうちの文芸部なんかは、冷え性の女子が多くて困ったことにもなる。ただ――。 「そうなの? 足が痛くならないから、いつもより温かいのかと思ってた」  女子部員のみんなが足が冷えるという話に渚はそう返す。 「渚も冷え性なの?」 「うん、冬場は駅とか辛いよ。でも今年はまだかな」 「鈴代さん、お熱そうだもんねぇ」――と成見さん。 「あっ、そうかも。最近ちょっと体温高めなんだ」 「はは……」  僕は乾いた笑いで誤魔化したけど、成見さんの言ってる意味はそうじゃないと思う。 「たぶんね、毎日運動してるからだと思う」 「運動……ですか」――坂浪さんが訝し気に問う。  僕は一抹の不安を覚えたが、さすがに毎日では無いので……。 「うん、朝の早い時間から走ってるの。今の時期はちょっと暗くてたくさんは走れないけど」  ……まあそっちだよね。さすがに文芸部には爆弾は落とさないか。 「く、暗いと怖くないですか?」 「うちの近所は結構走ってる人いるんだ。あと、近所の友達がよく付き合ってくれてるの」 「満華さん?」 「そう。おかげで夜遊びしなくなって生活リズムが整ったって喜んでた」 「それなら安心かな」 「太一くんに心配かけるようなことはしないよ?」 「はぁ~ああ、二人はいいよね。しかもあんなドラマチックな告白までして。うちのクラス大騒ぎだったよ。本当のこと知ってるから笑っちゃった」 「うちのクラスでもそうでした。でもみんな瀬川くんのこと知らないんですよね」 「うちもそうだよ。一部の男子が変な渾名で呼んでたくらいで」 「……ちょっと格好よかったですよね」 「「えっ」」――成見さんと小岩さんが坂浪さんの発言に驚く。 「そそ、そんな意味では無いですよ。小説みたいで恰好よかったなと……」 「うん、小説みたいで格好良かった」  渚は深読みすることもなく、そして恥ずかしげもなく言った。  成見さんと小岩さんは呆れた様子。 「いーなー。ノノちゃんも相馬くん射止めちゃったし、私も彼氏欲しいー」 「成見さんも好きな人に告白してみればいいんじゃないかな」  成見さんはかわいいと思う。明るいし、文芸部の女子部員の中ではいちばん恋人が居そうな印象だった。 「私はもう告白して失敗したんだけどー?」 「あっ、そうだった……」 「あとそれ、恋人持ちの余裕ってやつだよ。成功者だけが告白を尊ぶの。失敗した人は悲惨だよ? 崖っぷちで告白して、失敗したらそのまま崖の下だよ、わかる?」 「まあ確かに告白して成功した僕からしたら何も言えないかな」 「でしょ?」 「でも、うちのクラスの田代ってやつは違うよ。ダメと分かっていても気持ちを伝えたから。あの騒ぎで皆に恋人宣言した直後にあいつは気持ちを渚に伝えたんだ。凄いやつだよ」 「ほぉ~ん」――成見さんは感心したようにコクコクと頷く。 「そっか、そういう意味だったんだ」――と渚。 「――太一くんが田代君を凄いって言ってた理由がやっとわかった。私だったら太一くんが誰かに好きって言われて恋人になったりしたところを見たら、泣いて逃げちゃってそのままかも。そんな辛い状況で気持ちを伝えるって凄いね」 「うん。渚が田代のことを見直してくれてよかったよ」 「でも田代君はいやらしいことばっかり話題にするからちょっと無理……」  田代……どこまで行ってもお前には無理だったんだな。なんかすまん。  ◇◇◇◇◇  そんな話をしていると相馬とノノちゃんが一緒にやってきた。  皆と挨拶を交わし、相馬はいつもの席に座ると、ノノちゃんは成見さんの隣……ではなく、相馬と渚の間に座った。  ノノちゃんは先日、ちょっとご機嫌ナナメだった。  というのも、二人は付き合い始めたというのに相馬の隣に座るのは渚だったからだ。もちろん渚にはそんなつもりはなく、単に西野を躱しているだけだったのだけれど、ノノちゃんはちょっと気に食わない。相馬も相馬でその辺、気を利かせられていなかった。  相馬からは最近ノノちゃんの機嫌が悪いと相談を受けていた。もちろん。この時の僕にはそんな女心は露ほども理解できていなかった。ただ、ここで行動に出たのはなんとノノちゃん本人だった。彼女は滅多に自分の主張を表に出さないタイプだと思っていたし、実際そうだったのだけれど、ファミレスでの修羅場が再び繰り返された。 「むー」  静かな部室に小動物が唸るような、かわいい声が響く。  ガガッ――っと乱暴に椅子を押し下げる音と共に立ち上がったノノちゃんは、パタパタとパイプ椅子を畳んだかと思うと、皆の視線を集めるなか、それを手に部屋を半周して相馬と渚の間のすぐ後ろにパイプ椅子を広げ、そこに座った。  突然の行動に西野なんかぽかんと口を開けたまま閉じることも忘れ、その小動物の行く末を見守っていた。  ノノちゃんはパイプ椅子に座ったままで、床に着いた足と、体の重心移動の勢いだけでじわじわと前進し、相馬と渚の間に両膝を差し込んでいった。  さすがに察しの良い渚は僕の横腹をつつき、右に寄るよう促した。ただ、会議テーブルにはパイプ椅子を三脚並べるのが限度。僕が会議テーブルからはみ出し、渚と――ほんの少しの距離だけど――離れてしまう。  ――悪いな瀬川、このテーブル三人掛けなんだ――なんて冗談はもちろん言われたりはしなかったわけだが、それでは納得がいかないと、僕は相馬にも少し寄るように苦情を申し立て、結局男二人が椅子を後ろに引いた状態で座ることで四人は同じテーブルについていた。 「はぁ、お熱いことで」 「そこに密集する必要はあるんですか?」 「……」  もちろん他の女子部員には呆れられた。樋口先輩はクスクスと笑っていた。  僕としては渚も一緒に椅子を引き気味に、そして密着してくれるのでそんなに悪くはなかったかな。  ◇◇◇◇◇  さて、部室にやってきた相馬とノノちゃんだったが、相馬はいつもより落ち着きがない。というのも、今日、相馬から人には話せないような相談を受けていたからだ。  そしてノノちゃんはと言うと、渚に声を掛けられる。 「昨日の短編、どうだったかな?」  渚は珍しくノノちゃんの反応を期待するように問いかける。 「あ……うん……読んだ」――と、反応の薄いノノちゃん。 「あっ、あっ、あれですけど」――と、言葉にならない声を上げるのは坂浪さん。  坂浪さんはスマホを弄り始めると、――ペコ――と渚のスマホが音を立てる。渚はスマホを確認するとニコリとし、同じくスマホを弄り始め、やがてお互いにせわしなくメッセージのやり取りが始まる。何を話してるのかと思い、渚のスマホを覗き込もうとすると――。 「ダメダメダメ、太一くんはダメ」 「なんで?」 「女の子の話に首突っ込んじゃダメだよ」  そう言って渚は立ち上がり坂浪さんの隣に座ると、スマホを突き合わせるようにしてメッセージでやり取りを始め、二人の世界を楽しみ始めた。  渚の言う短編だけれど、僕には回ってきていない。  相馬に――短編て? ――と聞いてみたけれど、相馬も知らない様子。  成見さんや小岩さんを見やるけれど、小岩さんは指で小さな×を作り、成見さんは――秘密で――と。どうやら女の子の間だけで回したらしい。  渚は僕と違ってよく小説を書いてるはず。ただ、あまり読む機会が無かった……と思ったら女子の間だけで回していたということだろうか。  ◇◇◇◇◇  さて、相馬から受けた相談。  その相談は今日の昼の休み時間、わざわざ五階の吹き曝しの渡り廊下で行われた。僕らの教室が四階なので、五階は地理だとかの特別な授業で使わない限りは常に生徒がいるわけではない。そのため、僕らの学校では出入りの出来ない屋上の代わりのような存在だった。 「せ、瀬川はさ……」  珍しくハッキリとしない物言いの相馬。 「――その、鈴代さんとは最初どうだった?」 「最初って……相馬も渚が好きだった時期があるんでしょ? そんなこと聞いて大丈夫?」  自分が好きだった人の恋人との話なんて僕だったら聞きたくない。 「鈴代さんのことはもう吹っ切れた。そんなこと言ってたらノノちゃんに悪い」 「ほんとに?」 「大丈夫」 「最初は図書館に行ったかな。どっちも本が好きだから。その時、初めて名前で呼び合った。もちろん、呼んでもいいか聞いてからだったよ」 「な、なるほど」 「その次は映画館に行った。ちょうどどっちも好きな小説が映画化されてたから。その時初めて手を繋いだ」 「そうか」 「三回目のデートでは喫茶店巡りしたんだけど楽しかったからおススメだよ。珈琲苦手でも楽しめると思う。その後で初めて……キスしたかな」 「やっぱりそうだよね」 「何が?」 「順番とかさ。名前呼びになって、手を繋いで、キスしてって」 「何か変?」 「いや、変なのはこっちで――」  相馬の話では、彼女を送り届けた家の前で思わずキスしてしまったのだそうだ。 「――誰にも奪われたくなかったんだと思う。焦ってたかもしれない。後悔はしていないけれど、先に手を繋いだりすべきだったかなあって」 「う~ん、――みんなそれぞれだと思うしいいんじゃない?」  あの翌日、相馬はノノちゃんと手を繋いで登校していた。 「瀬川はその、鈴代さんとしてるって言ってたよね」 「ああ……うん、渚がバラしちゃったやつね。してる」 「最初はどうした? 何て言った?」 「ああ、いや、……実は最初にキスしたのが僕の部屋でそのまま何も言わずに我慢できなくなって勢いで……」 「そんなので始めちゃったの? 鈴代さん嫌がらなかった!?」 「いや、言っていいのかなこれ……それがされるままに受け入れてくれて……」 「そうか。あんまり参考にならないな……」 「あっ、え、ノノちゃんとしたいってこと?」 「そりゃ俺だって男だし。でも、ノノちゃんってそういうイメージじゃないから……」 「まあ、でもさ、別にエッチするだけが恋人じゃないし、のんびり構えればいいんじゃない? 結婚までしない人だっていると思うし、そっちの方が素敵だって思うよ」 「それは経験者の余裕ってやつだよ――」  どこかで聞いたような話を始める相馬。 「――瀬川と鈴代さんを見てるとやっぱり違うんだよ。余裕があるというか、安心感があるというか、絆で結ばれてるのが見ていて羨ましいよ」 「そうか、そんなもんなんだ」 「あともうひとつ」 「ん?」 「名前で呼びたい……」 「いやそっちが先でしょ! なんでそうなるかな……」 「ごめん、いろいろおかしくて……」 「いや、怒ってないからさ」 「――とにかく! 勇気を出して名前で呼んでみな!」 「わ、わかった」 「新崎さんとか他の女子には平気なのに何でこうなるかな……」 「瀬川には言わなかったけど、もともと女子と喋るのが苦手だからさ。今までは取り繕って喋ってただけだよ。最近の新崎はともかく。――ノノちゃんのことは鈴代さんのときよりずっと緊張してる」 「緊張してるのにいきなりキスはするのな」 「やめろよ、思い出すと恥ずかしくて頭おかしくなる……」  僕が笑うと相馬も笑った。とにかく頑張ってみると。  ◇◇◇◇◇  翌日、再び昼の休み時間、僕と相馬は五階の渡り廊下に居た。  相馬は昨日とは打って変わって、朝からご機嫌な様子だったから何があったかは大体見て取れた。 「やったよ瀬川!」  人が居ないのを確認するなり相馬はハイテンを掲げ、僕は応じた。  いや、初めてだよハイテンなんて。ハイファイブさえハードル高いカースト底辺なのに。 「やったな! それでどうだった? ノノちゃんの反応は」 「すごく恥ずかしがってたけど受け入れてくれた」 「よかったじゃんか。でも、田代とかにはバレないようにしないとなあ」 「そうだね。瀬川の二の舞にはなりたくない」 「いや、僕はまだ田代にはバレてないから大丈夫」 「まだ言ってなかったのか」 「さすがに田代には言わないでしょ。渚とエッチしたとか」 「え?」 「え?」 「名前呼びの方だったんだけど……」 「ああ! そっちか! てっきり……」 「そっちはまだだけど、まあ瀬川の言う通りのんびりでいいかなと、ノノ……和美を見てて思った。今は名前呼びで十分嬉しいよ」 「そうか。そうだよな」 「ああ、そういえばさ、瀬川に相談したことを話したんだ」 「やめろよ、そういうのは彼女に言わなくていい」 「ああ、いや、それで鈴代さんの小説のことなんだけど……」 「え? 渚の?」  唐突に出てくる渚の名に驚いた。 「そう。いや、俺も読んでないから詳しくは言えないんだけど、たぶん瀬川とのことだと思う。和美から聞いた限りでは、瀬川との、その、ベッドでのことを書いてるって、R18的な危うさで」 「えええ!?」  血の気が引いた僕は慌てて渚にメッセージを送った。 『渚!? あの短編の内容って僕とのエッチなの??』  既読になるが返事が返ってこない。  以前の短編ではそこまで危うい内容にはなっていなかった。あくまで雰囲気だけ。  直接聞きに行こうかと思ってスマホを仕舞おうとすると、――ペコ――と通知が。 『誰に聞いたの?』 『相馬から。そんなの人に教えないでよ!』 『太一くんだって相馬くんに教えたでしょ!』  え? 「相馬、もしかしてノノちゃんに僕と渚の初めての話を話した?」 「ああ、マズかった?」 「相馬はときどきそういうとこあるよな……」 「ごめん……」 「いや、話した僕に責任があるから」  この日の夕方、渚とお互いを分からせ合ったことで僕と渚の間には紳士協定が成立したと思いたい。ただ、彼女は――自分に訪れた幸せのようなものを誰かに知って欲しい――そういう欲求を止められないでいるのだと思う。もうちょっとくらい清楚可憐な文学少女で居て欲しいとは思うけれど、反面、彼女をそんな縛りに置きたくない自分も居た。
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