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第25話 年越し
「こんな時間に渚が出歩くなんて信じらんない……」
なんて不良娘でも見つけたかのような言葉を吐き出したのは鈴音ちゃん。別に渚が夜遊びして怒られているわけではない。年を跨いでの初詣に僕が誘って家まで迎えに行き、鈴音ちゃんたちと駅で合流したのだ。
「――誘っても一度も来たことがないのに」
「去年まではこんな時間に外に出ると眠いし寒いしで……」
まあ、夜中に出歩くにはそこそこ体力要るしなあ。現に、文芸部の女子部員に渚が声を掛けたところ、小岩さんと坂浪さんは無理と返してきた。成見さんは年が明けてから友達と行くらしい。
「ま、誰かさんのおかげなのかしら」
腕組みをした鈴音ちゃんは僕を意味ありげに見据え、そう言った。
「おまたせ」
そこに声を掛けてきたのは相馬。相馬の隣にはノノちゃんが居てペコリとお辞儀をする。
「ノノちゃん、なんか凄く着込んでるね……」
「和美のお母さんが心配して着させたみたいなんだけどさ……。――辛くなったら早めに言ってね」
ノノちゃんはコクコクと頷く。
「じゃ、揃ったから行くわよ。途中で宮地ん家に寄ってくから」
先日、鈴音ちゃんを誘ったところ、新崎さんたちのグループと合流することになった。
鈴音ちゃんは最近、渚に遠慮して宮地さんとよく遊んでいる。もちろん渚もわかっていて、渚からも遊びに誘っているし、その際は優先してくれるそうだ。そして宮地さんと付き合いが多いと必然的に新崎さんのグループとも仲が良くなる。ちなみに宮地さんも彼氏持ちなのだが、彼氏が運動部なうえに練習厳しめなので宮地さん自身は放課後女の子と遊ぶことが多いらしい。
あと、田代も誘ったが――探さないでください――という返信が来たきりだった。ただ、よく考えたら新崎さんたちと合流の話が出る前だったから、合流の話をしたら来てたかもしれないな……。
◇◇◇◇◇
神社から程近い所の少し狭い道の商店の並びに宮地さんの家はあった。一軒家の駐車場近くで鈴音ちゃんがスマホを操作してしばらくすると、中から新崎さんたちが出てくる。新崎さんと奥村さんは私服もシックな印象でまとめていて高そうなコートを着ていた。その少しあとで――お待たせぇ――と言って出てきたのは宮地さん。彼女は振袖にケープを羽織っていた。
「えっ、すっごい。どうしたのそれ?」
「私もビックリ! 琴音がこんな高そうなの貸してくれて!」
鈴音ちゃんの驚きの声に答えた宮地さんの後ろからは、同じく振袖に羽織姿の山咲さんが現れる。
「なんとか形になりました。友達に着せるのは初めてで」
「えっ、山咲さん着付けとかできるんだ」――渚が問う。
「形だけですけどね」
「あれ? 宮地の男は?」
「男って言わないでよ鈴音」
「澄香の彼は私たちが一緒って言ったらやめちゃったのよ」
「ああ、なんかわかる……」――新崎さんの言葉になんとなく返してしまった。
「なんでよ!?」
「女子のトップカーストが四人揃うと強そうで尻込みするでしょ」
「瀬川くんは平気な顔してる癖によく言うわ」
「僕だって渚が居なけりゃ尻込みするって」
「ほら、もう除夜の鐘鳴ってるから行こう」――宮地さんが急かすので移動を始めた。
◇◇◇◇◇
「ね、太一くんも宮地さんかわいいと思う?」
右を歩く渚が僕の顔を覗き込むようにして聞いてきた。
「宮地さん? 僕はその、渚がいちばん……かな」
「ううん、そうじゃなくて振袖」
「ああ、そっち? そうだね。かわいいと思うよ」
「そっか……。じゃあ、来年は楽しみにしててね。あ、その前に夏祭りに浴衣でもいいかな」
「渚も持ってるんだ? 着てくればよかったね」
「ううん、私のじゃなくてお母さんの。それも実家の方にあるから」
「そうなんだね。楽しみにしてる」
「俺は思うんだ――」
突然、会話に割り込んできたのは相馬。
「ん、何を?」――振り返ると、宮地さんや山咲さんがニコニコとこっちを見ていた。
「瀬川の自信の無さはいったい何なんだろうかって。それだけ鈴代さんと喋れて」
「二人の世界ならいくらでも喋れるって感じね」――新崎さんも言う。
「いや……でも、それはどっちかってと相馬なんだけど……」
ただ、相馬はノノちゃんとはそんなに喋らなかった。相馬は話題に困っているみたいだったけれど、ノノちゃんはたぶん黙っていても平気なタイプなんじゃないかと思う。
◇◇◇◇◇
神社に近づくにつれ人は増えていく。大きな神社なので大勢の人出があった。
増えた人混みの中、僕は渚の右手をとって神社の階段を登って行った。
ただ、できるだけ脇に寄って邪魔にならないようにしていた。
ノノちゃんがちょっと大変そうだったのと、和装に慣れない宮地さんが居たから。
宮地さんは山咲さんに手を引かれていて、その後ろには新崎さんと奥村さんが付いていた。
「和美、大丈夫?」
「うん……」
「無理しないでね」
「ん……」
僕たちは手と口を清めていたところだけれど、相馬がノノちゃんを心配している。
「あまり着こみすぎていると余計に辛いですよ? 少し脱いで相馬くんに持って貰えば?」
山咲さんがノノちゃんを心配してそう言った。
「いや、それが和美のお母さんには寒いから脱がないように言われて、お父さんには脱がすなよと釘を刺されてて……」
「相馬、信用されてないのね。遊んでると思われてるのかしら」
「なまじ顔が良いのも考え物ね」
新崎さんと鈴音ちゃんの辛辣な言葉に相馬も苦笑している。
「相馬くんの信用よりも野々村さんの体の方が大事です。ちょっと一枚脱ぎなさい」
山咲さんと奥村さんがノノちゃんを物陰に連れて行き、脱がせていた。
脱いだ服を相馬に手渡す山咲さん。
「少々強引でも面倒見てあげませんと困るのは野々村さんです」
「わかりました……」
◇◇◇◇◇
その後、ノノちゃんの様子を見てから、僕たちは年越しに詣でてきた大勢の行列に加わった。
宮地さんの方は階段以外では平気なようだ。もともと元気が有り余ってる彼女だから、そこは大丈夫なようだった。行列というと言うと奥村さんをちょっと警戒したけれど、どうも今日は山咲さんにくっついているから問題なさそうだった。
僕は渚と共に並び、賽銭を入れて一緒に鈴を鳴らした。僕も渚もこの時間にお参りしたことは無いこともあってか、どちらも顔を見合わせ、お互いの顔にちょっとした緊張が見えると二人で微笑んでしまった。礼ののち柏手をうち、手を合わせて祈った。
――渚に出会えたことを感謝し、そして渚と共に在りたいことを。
一緒にお参りを終えた鈴音ちゃんや宮地さんと共に列を抜ける。
「やった、なんとか間に合ったよ」
スマホを確認した宮地さんが話すと、遠くの方でカウントダウンをしている一団が。
相馬とノノちゃん、それから新崎さんたちがいそいそとやってくる。
「ちょうど零時になりますね」
『3・2・1……』
遠くの方のカウントダウンコールが年明けを告げる。
「あけましておめでとう! 今年もよろしく」
僕は渚と並んでみんなに挨拶し、肩を寄せ合うとお互いに小さな声で――。
「あけましておめでとう、渚」
「今年もよろしくお願いします、太一くん」
相馬はすこし身を屈め、ノノちゃんと仲良く二人の世界に入っていた。
新崎さんたち四人と鈴音ちゃんも挨拶ののち、盛り上がっていた。
「去年は恋に破れたけど、今年こそは運命の出会いを果たして見せるわ」
臆面もなく腰に手を当てて、そんな台詞を言いきってみせる新埼さん。
まるで映画のヒロインのような容姿で自信を持って言う彼女はカッコよく見えた。
「恥ずかしいからやめてよ麻衣……」
「恥ずかしいことなんてありませんよ。百合さんももっと恋の炎を燃やすべきです」
「やめてよ、燃やすような恋なんてないから……」
いや、恋を燃やしちゃダメでしょ……。
畏まった新年の挨拶を交わしていた奥村さんと山咲さんは一転してそんな掛け合いを始める。
「年内のお参りがそんなに大事だった?」――鈴音ちゃんが宮地さんに問いかける。
「カレと夜が明けてからもう1回来ようと思ってたから!」
「それで急かしてたのね」
「あっ、もう1回並ぶ人とか居る?」
宮地さんが見回すが、誰も返事はしない。もとより、僕も含めて渚やノノちゃんにはこの長蛇の列に並んでまでして二年参りする気力は無いだろう。
「そもそもさ、大昔は時計なんて無かったんだから零時で新年って感じはあんまりしないよね?」
僕が昔から疑問に思っていたことを呟くとなんだか皆に呆れた顔をされた。
「今の時代に合うようにすればいいのよ」――新崎さんに言われる。
「太一くんの場合はいつが新年って感じするの?」――と渚。
「僕の場合は……朝起きたらかな。それか初日の出?」
「そっか。そうだね……」
「――じゃあ私も新年の気分になった太一くんともう1回来ようかな」
「ほらほら、ノロけてないでおみくじ引いて、寒いから甘酒でも飲みに行きましょ」
鈴音ちゃんが先導して僕らはおみくじを引き、甘酒を飲みに行った。
◇◇◇◇◇
「持って帰ってるってことは大吉でも出たの? 渚」
鈴音ちゃんが甘酒にフーフー息を吹きかけながら言う。
「大吉じゃないけど吉だったんだ、二人とも」
それもあったけど、実のところ恋愛運が僕らのこれからを支えてくれるようで嬉しかったのだ。渚のおみくじには傍に居る相手を逃がすな的なことが書かれていたし、僕のは傍に居る相手を信じろという意味合いで書かれていた。
「――二人で初めて一緒に引いた記念だから大事に取っておくんだ」
「僕も今までさ、おみくじなんてちょっとした話題作りくらいの物にしか思ってなかったんだ。でもこんなに意味が感じられるものだったなんて思ってもみなかった」
実際、罰当たりかもしれないけれど僕は初詣自体にそんなに意味を感じられなかった。ただ今は違う。渚と一緒に居ることで去年一年を感謝し、今年一年の平穏を願う気持ちを持つようになった。そんな話をみんなにしてみた。
「そんなに……」――と小さく呟いたのは奥村さん。
「よく恋人同士が盛り上がってらっしゃるのも、鈴代さんと瀬川くんの話を聞けば納得ですよね、百合さん?」
奥村さんの呟きを聞き逃さなかった山咲さんは微笑んでそう言った。
否定するように言い返す奥村さんと、それに乗っかって黄色い声を上げる宮地さんと新崎さん。この四人は偶然トップカーストの資質のあった女子が集まったと言うだけで、単純に気の合う同士だったのだろうと今更ながら思う。
「ああ、その手もあったかー。僕らは一緒に結びつけてきたよ」
そう言った相馬の横で甘酒をちびちび飲んでいたノノちゃんが顔を上げる。
「……大吉だった……よ。と、俊くんは中吉」
俊くん。つまり相馬 俊和のこと。
ノノちゃんも、みんなの前で相馬を名前呼びするのは初めてなのかもしれない。
そう言ったきり俯いてしまったノノちゃんを皆がまた微笑ましげに見守る。
「私は明日、カレと一緒に引くつもりー」
「私はもう結び付けてきたわ」
そういった新崎さんは詳しくは語らないので、何か気に入らない内容だったのだろうか。
「私と百合は大吉でした、ほら」
――と見せてきた山咲さんたちの金運はバッチリだった。これ以上この二人にお金を集めてどうするつもりなのか、神様は。
「そういえばさ、琴音もさっき五円玉用意してたよね?」――と宮地さん。
「ええ? 何かおかしかったですか?」
「いやあ、琴音のことだから万札とか入れるのかと思っちゃったよ」
「こちらは縁起物ですから無粋なことはしません。寄付はまた別です」
「うちも氏子だから寄付はするけどね五千円とか」
「似たようなものですよ」
ふふ――と笑う山咲さん。
彼女の家のことだから、親か親族あたりがぽーんと大金寄付してそう。
そして目の前のでっかい灯篭の裏に山咲の姓が入っていることは黙っていよう。
「鈴音ちゃんは?」
「あたしは中吉。学業運がよかったから文句はないわね」
「ね、恋愛運はどうだった?」
「恋愛はあんたたち二人を見てるだけでお腹いっぱいだわ」
渚は、一度は僕が勘違いさせてしまった親友の恋愛話を気にかけて報告を待っているらしい。ただ、渚が空回りしているだけで鈴音ちゃんにはその気があまり無いようだった。
◇◇◇◇◇
その後、縁起物の露店を覗いて歩いた。親に連れられて歩いたときは、正直言って退屈極まりないと思っていた露店も、渚と話しながら見ていくと何故か意味や価値を見出せてしまった。何だろうなこれは。例えばふたりで植樹をすればそれは長い間思い出の木になるだろう……なんて考えも浮かんでしまう。まあでもしばらくは庭のアーティチョークの世話で手いっぱいかな。
さらに下ると食べ物の露店が立ち並ぶ。
新崎さんたちは宮地さんの家で迎えが来るまでお喋りするらしく、宮地さんがたこ焼きなんかを買いこんでいた。ただ、新崎さん的には――今から食べるの!? ――なんて言っていた。
僕たちと相馬たちは一緒に飴細工を買う。複雑な模様が形作られていく光景は確かに見惚れるものだったが、恋人と一緒に観るとひときわ輝いて見えた。そんな僕たちを山咲さんがこっそり写真に撮ってシェアしてくれた。四人は笑ってしまうくらい幸せそうだった。
階段近くまで来ると、ノノちゃんが疲れたのかちょっとふらつきだした。相馬が背負っていたけれど、さすがに階段は危ないのでゆっくりみんなで降りて、そこからまた相馬が背負った。背負われたノノちゃんが謝ってきたのか、相馬が――大丈夫。和美は軽いから――なんて言っていたのを渚と眺め、お互いに微笑み合った。
宮地さんの家で新崎さんたち四人、それから鈴音ちゃんも奥村さんが一緒に送ってくれると言うので別れた。相馬たちも送ろうかと言われたけど、相馬が責任もって送り届けると言って断っていた。
相馬たちが先に降りた後、それなりに人で混雑している臨時運行の電車の中で渚が僕に寄りかかってくる。僕の肩に頭をのせた彼女は呟く。
「楽しかったね」
「うん」
「神社に行くのがこんなに楽しかったの初めてかも」
「僕も」
「飾り付けが新年の物だからかもしれないけど、すっごくキラキラしてた」
「うん、どこもかしこも映画のワンシーンみたいに見えた」
「今年は太一くんといろんなところにお出かけしたい」
「そうだね。小遣いはあんまりないけど。バイトしようかな」
「一緒に居られる時間が減っちゃうのはやだな。――あ、お弁当作っていこうか?」
「嬉しいけどいいの?」
「うん、ほんとは学校でも食べてもらいたいくらい」
「学校は無理しなくても大丈夫だよ」
「でも、一度くらい持って行ってみたいなあ」
そんな話をしているうちに渚の家の最寄り駅に着き、彼女を家まで送り届ける。
渚が鍵を開けて入ると、お母さんが待っていてくれた。
「あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとう。起きてたんだ?」
「あけましておめでとう。お雑煮作ったんだけど、太一くんも食べていきなさい」
「ありがとうございます。でも、うちでも母が作って待ってると思うので」
「お母さんに連絡したら、こっちで食べておいでって言ってたわよ」
「ええ、ほんとですか……」
「太一くん、食べてって」
「ええ、遠慮しないで」
結局、渚の家でお雑煮をご馳走になったうえ、ついでに泊っていきなさいという言葉に甘えさせてもらった僕は、七時少し前に目覚ましに起こされ、渚と共にマンションのベランダから朝日を拝んだ。そこで僕としてはようやく、渚と共に新年を迎えた気分に浸ることができたわけだ。
第四章 完
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