告白

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 そして、真宙くんと約束した日。待ち合わせは、付き合っているときによく二人で行ったカフェにした。テラス席に座り、私はアイスティーを真宙くんはアイスコーヒーを注文する。  顔を見てちゃんと話がしたい、なんていいながら、いざとなるとものすごく緊張する。 「……あの、えっと」  しどろもどろになる私を見て、真宙くんが苦笑する。 「……ふられるんだな、俺は」  私の言葉を遮って、真宙くんが言った。 「……ごめんなさい」  謝ると、真宙くんは小さく笑って首を横に振る。 「桜が謝ることなんてひとつもない。ぜんぶ、俺が悪い。俺こそごめん。今まで桜をたくさん傷付けた。仕事を辞めることになったときも、庇ってやれなかった」 「ううん。謝らないで。私、真宙くんと付き合ってるとき本当に楽しくて、幸せだったよ。ずっと夢の中にいるみたいだったっていうか」 「現実的じゃなかったってことだな」  ハッとして、俯く。 「ごめん……」  顔を上げると、真宙くんはどこか遠くを見ていた。 「……もっと、いろんなところ行っておけばよかったな」  ちらりと視線を流した真宙くんと目が合う。 「桜ともっと、いろんなところに行っておけばよかった。今さらになって、桜を知りたいなんて思うんだ。高校時代、桜は俺に好き好き言いながらもほかの女子に比べたらちょっと遠慮がちで、俺がなにか頼みごとしたら二つ返事でうんって言って……」 (忠犬か、私……) 「む、昔の話はやめて恥ずかしい……」 「追いかけられることが当たり前になってたんだな」  真宙くんはまっすぐに私を見つめて、 「桜。俺は桜が好きだよ。もう一回、やり直したい」  唇を引き結ぶ。胸の中を、ざわざわと風が吹いた。膝の上に置いていた手をぎゅっと握る。 (はっきり、言わないと……)  口を開く。 「……ごめんなさい」  真宙くんは、黙ったまま私を見つめている。 「私は、波音のことが……」  くすっと真宙くんが笑った。顔を上げる。 「うん、知ってるよ。桜と別れて少しして、波音から連絡があったから。桜のことは、保護したからって」 「えっ、そうなの?」 「うん。めちゃくちゃ怒られた。それで、宣戦布告された。今さら欲しくなっても絶対やらない、返さないからって」 「…………」  直接言われたわけじゃないのに、まっすぐな愛の言葉に心臓が早まっていく。私は火照った気持ちを冷ましたくて、アイスコーヒーを飲んだ。  テーブルの上に乗せた手を、おもむろに真宙くんにきゅっと握られる。握られた手は、ハッとした瞬間に離れていった。 「桜の気持ちは知ってる。でも、俺もこれがたぶん初恋だから」 「初恋……?」 「うん。だから、諦めない。今さら虫がいいって思われても、桜にアプローチするから。今までの桜みたいに」  芯のある声で言われて、驚く。  言葉を失っていると、真宙くんは私から少し視線を外した。 「諦めないからな、波音」  え、と思い振り向く。そこには波音がいた。 「波音!」  なんでここにと尋ねる前に、波音は私の手を掴んだ。 「待ってらんなくて、迎えに来た。でもよかった。やっぱり口説かれてるし」 「来ると思った。お前、本当ストーカー気質だよな」  真宙くんは頬杖をついたまま口角を上げる。 「はぁ? 六年間想われてたくせにふられた男に言われたくないわ」 「まだ負けたって決まったわけじゃない」 「ちょっ……ふたりとも」  ふたりは火花が見えそうなほど、睨み合っている。  波音は真宙くんを一瞥すると、私を見た。一瞬にして優しい顔になっている。 「桜、話は終わった?」  優しく訊ねられて頷くと、波音は私の手を取った。 「じゃあ、帰ろう」  優しい顔とは裏腹に、ぐいっと引かれた手の力は強い。 「あ、うん――それじゃあ、またね。真宙くん」  振り向いて別れを告げると、 「桜」  真宙くんに呼び止められた。 「なに?」 「俺のこと、愛してくれてありがとう」  そう言って、真宙くんは柔らかく微笑んだ。 「……うん。私こそ」  真宙くんを好きになってよかった。そう心から思った。  波音と手を繋いだままカフェを出た。お互い喋ることはなく、隣を歩く波音はムスッとしている。 「あの……波音? 怒ってる?」 「……べつに、怒ってないよ。桜には」  ということは、やっぱり怒ってはいると。 「ったくなんだよあいつ……ふられたんだから潔く諦めろよ。大体昔から俺はあいつが嫌いだったんだよ。いつも澄ました顔して……」  波音は眉間に皺を寄せ、舌打ちをする。手を握り直すと、波音がハッとしたように私を見た。 「あ、ごめん……って、なに笑ってるの」 「……ううん。でも、波音が真宙くんにヤキモチ焼くの新鮮で」 「……悪い? 言っておくけど、こっちは余裕ないんだからな」 「……ふふ。なんか嬉しい」 「嬉しいって……桜、なんでそんな呑気なの」  呆れたような口調で言われてしまった。 「だって私、ヤキモチなんてされたことないもん。いつもするばっかりだったから」 「……桜」  波音は立ち止まり、体ごと私のほうを向いた。 「ん?」 「俺はさ、誰よりも桜が好きだよ。高校の頃から、ずっと。これからも、桜と一緒にいたいと思ってる」  波音は、まっすぐに私を見つめて言った。 「俺と、付き合ってくれないかな」  改めての告白に、胸がいっぱいになる。溢れそうになる涙を堪えて、こくりと頷く。 「よろしく、お願いします……」  小さく答えると、波音は嬉しそうに微笑んだ。 「うん。ありがとう」  ふと、波音は確認するように周囲に視線を流した。  どうしたのだろう、と思っていると。  波音は私に視線を戻すと、おもむろにかがみこんだ。 「え……」  顔に影が落ち、気が付くと唇が塞がれていた。キスされていると気付いたときには、既に唇は離れていた。  バッと波音を見上げると、いたずらな笑みを浮かべている。 「やっと唇にできた」 「ちょっ……波音、ここ、外……!」  口をパクパクさせる私を見て、波音は楽しげに目を細めている。 「写真撮られちゃってたらどうしようね? 責任取ってくれる?」なんて、波音は茶目っ気たっぷりに笑っている。 「もう……!」 「冗談だよ。さて、行こっか」 「うん」  再び手を繋いで歩き出す。  ほんのり秋の気配を乗せた風が吹く。  空を見上げる。夏の終わりの空は雲が低く、どこまでも澄んでいた。
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