ケイヤク

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「本当は、桜と真宙が別れたこと、SNSで見かけて知ってた。……知らないフリして、ごめん」  波音はバツが悪そうに私を見つめた。  私は困惑気味に波音を見る。  沙羅だってSNSの書き込みで知っていたのだから、波音が知っていてもおかしくはない。 (……あの書き込み見られたんだ……)  ネットでは、まるで私が真宙くんのストーカーであるかのような書き込みをされている。  波音にまでそれを見られたという事実は、さらに私の心を抉った。 「……キモいよね。真宙くん追いかけて職場まで同じところ受けるとか……本当、ストーカーって言われても全然言い訳できないよ」  なんとか笑って誤魔化そうとするけれど、上手く笑えている自信はない。 (……堪えなきゃ。ここで泣いたら、余計惨めだ)  ぐっと唇を噛んで、震えを止める。 「……ねぇ、桜」  波音が私を呼ぶ。右手はまだ波音に掴まれたままだ。 「まだ好きなの? 真宙のこと」  波音はまっすぐに私を見てくる。私は目を泳がせた。 「……好きじゃないよ。真宙くんには新しい彼女がいるんだし、ふたりを邪魔する気だって全然ないし、むしろ半年だけでも付き合えたことが奇跡っていうか……」  言っていて、どうしようもなく惨めな気持ちになる。  じわりと視界が滲む。  うそ。本当は好きで好きでたまらない。こんな終わりじゃ納得できない。別れなきゃならない理由を知りたい……。  ダメだ。もう堪えられそうにない。 (私って、なんでいつもこうなんだろう……) 「……桜」  ぐいっと腕が引かれて、あたたかいなにかに包まれる。  波音に抱き締められていた。 (え……!?) 「わ、あの、波音……?」  慌てて胸を押すけれど、波音が身体を離す気配はない。 「なんで強がるの。俺があんな書き込みを信じると思うの?」 「…………」  今度こそ、涙が頬を伝う。 「でも……真宙くんのことが好きで、真宙くんを追いかけて大学に行ったのも、職場を選んだのも事実だし」 「それをあいつは嫌がったの? 迷惑がってた? もし真宙に迷惑がかかってるって少しでも感じたなら、桜はそんなこと絶対にしないだろ」  たしかに、私が追いかけることを真宙くんが嫌がる素振りはなかった。でも、結果こうやって迷惑をかけたのだから、やっぱり私が間違っていたのだ。 (波音はなんでこんなに優しいんだろう……)  昔からちっとも変わらない。こういうところが、彼がモテる所以なのだろう。 (そういえば、あの頃もそうだった。真宙くんにふられると、いつも沙羅と波音が慰めてくれて……)  何度か、その優しさに勘違いしそうになったことがある。みんなに対しての優しさが、自分にだけ向けられたものだったらと何度思ったか分からない。  でも、波音はそうじゃない。  波音の愛は、博愛なのだ。  私が特別なわけじゃない。 「本当は、真宙くんを好きになったときから分かってたんだ。真宙くんが、私のことを好きになるわけがないって」 「桜」 「強欲過ぎたんだよね、私。もう身の程はわきまえる」  自嘲的な笑みが漏れる。 「……心配してくれてありがとね、波音。でも私なら大丈夫だから」  ぽんぽん、と波音の背中を叩く。  だから離して、と言おうとしたそのとき。 「なにが大丈夫なの? 仕事まで辞めなきゃならなくなったのに」  確信をつく言葉を向けられ、息が詰まった。 「それはまぁ……私にも責任あるから」  辛うじて取りつくろう。 「……じゃあ、どこに行く気なの?」 「え?」  波音の追求は止まない。 「桜のことだから、引越しとか考えてるんでしょ?」  ずばり言い当てられて、思わず苦笑する。さすが過ぎる。 「……まぁ、せっかく自由な時間があるから、旅行とかもいいなとは思ってるよ」 「戻ってくる? そのまま、どこかにいなくなったりしない?」  不安そうな瞳は、やっぱり勘違いしそうになってしまうからやめてほしい。 「…………しないよ」 「うそ」 「…………」 (……なんで、波音は全部分かるんだろう……) 「ちゃんと帰ってくるよ。そんな心配しなくても、子供じゃないんだし」  「……桜」  波音は私からゆっくりと身体を離した。けれど、手は離さず、むしろ握り直した。 「波音?」  見上げると、波音と目が合う。波音の手が、私の髪を撫で、頬を滑っていく。 「好き」  目を見張る。 (……好き?)  だれが、だれを。  突然の告白に、身体がかちんと硬直した。 「好きだよ、桜。俺……」  波音が身をかがめる。 「波……」  視界がふっと暗くなって、波音を見る……と。 (え……え、えっ……!)  波音がゆっくりと覆い被さってくる。 「わっわわっ! ちょ、波音、ダメだよ……っ!」  慌てて拒もうと、胸をぐっと押す……と、すぐ耳元で寝息が聞こえた。 (……え?)  寝ている。  すうすうと寝息を立てて。 (まさかの酔いつぶれ!?) 「ちょっ! 波音~!! 重いぃ~!!」  いくら叩いても、揺さぶっても起きる気配はない。  テーブルを見る。波音が頼んだお酒はまだほんの少ししか減っていない。 (もしかして波音って……お酒弱い?) 「波音~! おーきーてー!!」 「すーすー……」  ……起きない。  これはおそらく、ダメなやつだ。  その後私は酔いつぶれた波音を連れて、なんとか自宅のアパートに帰ったのだった。
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