ウソ〜波音目線〜

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「ま、頑張れよ」 「え?」  顔を上げると、苦笑気味の七木と目が合った。七木の無表情以外の顔は、珍しい。 「今がチャンスなんだろ」 「チャンスって……俺はべつにそういうつもりじゃ」 「は? じゃあどういうつもり?」  七木が不機嫌そうな顔で俺を見る。 「俺はただ……桜が元気になってくれれば」 「お前、バカなの? 今攻めないでいつ攻めるんだよ。せっかく協力してやったのに。沙羅に殴られるぞ」  ……たしかに。 「沙羅、怒ると怖いからなぁ。というか、なに。お前らもう名前呼びなの?」  相変わらず手の早いやつだと呆れ気味に七木を見る。 「あの後飲んで意気投合した。良い奴だわ、沙羅」 「言っておくけど、女遊びならほかでしろよ。沙羅は俺と桜の大事な友達だから」  七木がふっと笑う。 「しねぇよ。そんなことより、お前は人の心配より己の心配をしろ」 (……耳が痛い) 「分かってるよ……これまでも真宙にふられた桜を何度も慰めてきたけど、桜は全然俺を意識してなかったし。この前だって好きって言ったけど……なんかうやむやになっちゃうし、全然桜に響いてないっていうか……」 「……鈍感そうだもんな、あの子」  七木の言うとおり、桜はものすごく鈍い。 「だから、無理なんだよ」 「だったら、強引に意識させればいいじゃん」 「は?」  七木を見る。七木はにやっといたずらな笑みを浮かべた。 「鈍い子には、ケモノになるしかねーだろ」  ぎょっとする。 「いや、七木お前……」 「もちろん、本人に嫌がられない程度にだぞ。下手したら犯罪になる。でも、鈍感な子を振り向かせたいなら、意識させるためにそれくらいはやらないと」 「……強引に?」 「そ。強引だけど紳士的に」 「強引だけど紳士的に……」 「考えてみろ。桜ちゃんがお前を見て頬を赤らめる姿を」 「!」 (いい!!) 「桜ちゃんには、いつもお前ばっかドキドキさせられてきたんだろ?」 「……ま、まぁ」 「今度は逆に、お前が翻弄させるんだよ。元彼のことなんて忘れちゃうくらいにさ」  いつも俺ばかりが桜に意識させられていたけれど。  もし、桜が俺を意識してくれたら……。 真宙に向けられたあの視線が、俺に向けられたら。 (ヤバい……想像しただけでも可愛過ぎるんだけど)  桜の好き好き攻撃なら、ずっとすぐそばで見てきた。  あの熱視線が俺に向くことを想像して、悶絶する。 「よし! 頑張ろう!」  悶絶する俺の背中に手を当て、七木が言う。 「待て待て、絢瀬。ひとつ忠告しておくけどな。さすがに襲うのはダメだぞ?」 「するかバカ!!」  桜が嫌がることと怖がることは絶対にしたくない。 「で、どうやって意識させりゃいいの?」 「お前ってホントバカだよな」 「これでも国立大出身なんですけど」 「そういう問題じゃねぇ」 「七木お願い。俺にはお前しかいないんだよ~」  七木はため息をつきながら、俺をちらりと見た。 「……俺が好きな子に意識させるんだったら、まずプレゼントだけど。大体の女がそういうのに弱いし」 「なるほど。プレゼント作戦だな」  ふむふむと頷く。 「但し、プレゼントを渡すときはスマートに、押し付けがましくならないようにな」 「なるほど」 「プレゼントはいい。なにしろ、彼女が好きなお菓子を買っていったら、ちょっとしたお願いを聞いてもらいやすくなるからな」  にやり、と七木が不敵に笑う。同性の俺ですら、どきりとする色っぽい笑みだった。 「それで、お願いってどんなことをするんだ?」 「そうだな。たとえば、キスしたいとか」 「!? キ……ッ!?」  それはさすがにレベルが高過ぎるのでは。 「あくまで甘える感じでな。但しガードが固そうな子なら、あーんさせてとかハグさせてとか、少しハードルの低いお願いに変える」  黙り込んで考える。  そういえば桜は今朝、朝食をほとんど食べていなかった。 (俺が言うまで食べる気すらなかったみたいだし……) 「あーんか。いいな。それにしよう」 「あとでなんか奢れよ」 「まかせろ先生」  七木が嫌そうな顔をして俺を見る。 「……その呼び方はやめろ」 「照れんなって」  桜は甘いお菓子が好きだ。 (たしか、銀座に新しいお店が期間限定で出てるって共演の女の子が言ってたはず……)  よし。今日稽古で彼女に詳しく聞いてみよう。
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