大失恋

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 しばらく街中を歩いていると、沙羅がひとつの建物の前で立ち止まった。 「さて。着いたよ」 「ここ……?」  見上げる。沙羅が私を連れてきたのは、大きな劇場だった。 『舞台・麗しの刀語り』とある。 「……もしかして、今日って舞台を見るの?」 「そっ! 実は、知り合いの俳優から余ってるチケットを二枚もらったの! でもモデル仲間と一緒だと七木さんの話できないし……それどころか彼を横取りされる可能性もあるし」  なるほど。だから私を誘ったのか。  私には人の好きな人を奪うなんてそんな度胸はないし。そもそも大失恋の直後でそんな元気もない。 「桜は舞台なんて興味ないかもしれないけど……今回だけ、付き合ってくれないかな?」  上目遣いで見てくる沙羅に、私は笑顔で頷く。 「もちろん」 「桜~!! ありがとう!」  それにしても、舞台なんて見るのは初めてだ。 「……あ、お金払うよ。いくら?」  バッグから財布を取り出しながら尋ねる。 「いいのいいの! 私も貰ったやつだから!」 「そうなの? それじゃあ……今日の帰りは私がご飯奢るね」 「だからもうその奢り癖直しなって~! 私はそんなことのために桜に会ってるんじゃないんだからね!」  沙羅はぷんっと頬をふくらませて、私を咎める。 「で、でも、なんか悪いし……」 「私たちは親友でしょ! いきなり誘ったのは私だし、悪いとか言わないの! それよりもうそんな暗い顔しないでさ。今日は嫌なことは全部忘れて楽しもう?」  沙羅はぎゅっと私の腕に絡みつき、ぐいぐいと強引に歩き出す。  いつもより強引な沙羅に、私は内心で首を傾げる。  ……この感じは、覚えがある。  あれはたぶん、私が真宙くんに二度目の告白をしてふられたとき。あのときも沙羅は強引に私を外へ連れ出してくれた。  もしや、と思った。 「……ねぇ、沙羅。もしかして知ってる?」 「え?」  沙羅は今、ドラマのレギュラーが決まってものすごく忙しいはず。それなのに、急に連絡があったからなにかあったのかなとは思っていたけれど……。  意を決して言う。 「私が、真宙くんと別れたこと」  沙羅はくるりと振り向くと、私を見て気まずそうに笑った。 「……実は、SNSで大学時代の友達が呟いてるの見ちゃって……」 「…………そっ、か」 (SNSか……)  私の知らないところでまで、私のことはいろいろと広がっているらしい。  胸に広がるのは、どうしようもない惨めさ。親友だからこそ、見られたくなかった。知られたくなかった。 (……炎上は収まったと思ったのにな)  でも、仕方ない。悪いのは私。彼女に憎まれた私が悪い。  一度世に出た書き込みは二度と消えない。投稿者が消したとしても、誰かがそれを記憶してコピーしていたら、またどこかで拡散される。 「……教師も辞めたって書いてあったから、気になって」 「ごめんね、なんか気を遣わせちゃったみたいで。それで忙しいのに、わざわざ心配して連絡くれたんだ」  泣きそうになりながらも必死に堪える。 「ちょっと、勘違いしないで! 気なんて遣ってないよ。私は桜を心配しただけ! あと……私がただ桜に会いたかっただけだから!」 「うん……」  沙羅が私の手を取る。 「大丈夫……じゃないよね。桜、ずっと冬野くんのこと大好きだったもんね」 「……うん。でも、私が間違ってたんだ」 「そんなことないよ! 桜はなにも悪くない。あんな悪意だらけの投稿、まるっきり嘘だって分かってるから」  私は静かに首を振る。 「……でも私、本心ではちょっと良かったと思ってるんだ。このまま冬野くんと付き合ってたら、いつか桜が壊れちゃう気がしてたから」  桜は優し過ぎるんだよ、と沙羅は言う。  けれど、違う。今回は本当に私が悪いのだ。 「……私ね、ひとりよがりになってたんだと思う」 「うん?」 「真宙くんと付き合えたことが嬉し過ぎて、私真宙くんの気持ちを全然考えられてなかった。ひとりよがりの愛し方しかできなかった。ふられても当然だよ。私、自己中過ぎたんだよ」  沙羅は静かに私の話を聞いてくれる。 「……そっか」  肯定も、否定もしない。それが沙羅らしくて、余計に涙腺にくる。 「はは……私、二十四にもなって情けないね」  今さらながら自分が情けなさすぎて、穴があったら入りたい。 「…………」  沈黙がいたたまれない。 「今日は沙羅のことをお祝いするつもりだったのに、ごめんね。こんなことなら、断ればよかったね」  止めた足を踏み出せないままでいると。 「ほらほら、落ち込まないの!」  ぽんっと背中を叩かれた。 「ふられたくらいでなによ! この世界の人類の半分は男なのよ。冬野ひとりにふられたくらいで泣かないの! 今日はこの2.5次元舞台のイケメンたちに癒されようっ!」  沙羅はからっとした笑顔で言う。 「……うん」  沙羅は綺麗な顔で微笑んで、私の手を握る。私はその手を子供のようにぎゅっと握り返した。  沙羅の手は、いつもあったかい。  高校時代も大学時代も、私はいつもこの手に救われてきた。  真宙くんへ片想いしているときも。真宙くんに彼女ができたときも……ふられた今日も。
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