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沙羅と一緒に観劇したのは、いわゆる2.5次元舞台というやつだった。
『舞台・麗しの刀語り』は、もともとスマホゲームだったらしい。
男性キャラのみで構成されているゲームで、ターゲット層はほぼ女性。
私たちが観劇した舞台の観客も、圧倒的に女性が多かった。
そして2.5次元舞台とは、ゲームの中のキャラクターたちを舞台俳優が演じて、リアルにキャラクターたちを再現するというもの。
沙羅がパンフレットを見ながら、私にあれこれ説明してくれる。
「私が好きなのは、あの白髪の人ね。七木大雅さんっていうんだ」
舞台を観劇しながら、沙羅がこっそり耳打ちしてくれる。
「七木大雅……」
「覚えた? 覚えて?」
「う、うん」
とりあえず頷く。圧が強い。
(七木大雅さんか……)
歳は私たちより二つ上の二十六歳。
全国イケメンコンテストのグランプリを受賞して芸能界入りした、華やかな経歴を持つ人らしい。
注目して見てみると、とってもかっこいい。
殺陣も上手で体もしなやか。歌も上手い。
本番一発勝負の世界でこんなに堂々と動けるなんて、心からすごいと思う。
私は初めての舞台をわくわくしながら見終えた。
(あっという間だった……!)
かなり長い間上演していたはずなのに、振り返ってみると本当にあっという間で。
最初は楽しめるか心配だった舞台だったけれど、役者たちの完璧な再現力と演技力にあっという間に虜になった。
(そういえば、あの人どこかで……)
舞台の観劇中、ひとりだけ気になる人がいた。
(見たことがあるような気がしたんだけど……誰だっただろう?)
なにを隠そう、この舞台の主役の男の人。
金髪の鬘をつけたその人は、カラコンと化粧で素顔はよく分からなかったけれど、その声とオーラを私はどこかで見たような気がした。
とはいえ、私には沙羅以外に芸能人の知り合いなんていない。
(……なにかのテレビで見たのかな?)
結局彼のことは思い出せないまま、舞台はカーテンコールを迎えた。
「はぁ~よかった!」
沙羅は瞳をハートにしてパンフレットを抱き抱えたまま、未だ舞台を眺めている。
「桜、どうだった!? 舞台初めてだったんでしょ!」
「うん、すごく面白かった」
「でしょ!」
沙羅が嬉しそうに頷く。
想像以上に迫力があって、内容もしっかりしていて。
また来たいと思える舞台だった。
「また誘ったら付き合ってくれる!?」
「うん!」
「やった~!!」
スマホの電源をつけて帰る準備をしていると、隣で沙羅がすくっと立ち上がった。
「よし、本番はこれからだよ!」
「本番?」
(……え、舞台は終わったはずだけど、まだなにかあるのかな?)
私は首を傾げて沙羅を見上げる。
「実はね、私がもらったこのチケットは、バックステージに入れちゃうレアものなんですよ!」
「バックステージ……?」
バックステージとは、つまり控え室とかの舞台裏のことを指す。
……さすがというかなんというか。でも、この気合いの入りよう。
私は笑って沙羅を見る。
「本気なんだね、七木さんのこと」
「もちろん! ね、桜も来るでしょ?」
「え、私は一般人だし、いいよ」
もともとのファンでもないのに特別待遇は申し訳ない。
「私、ひとりだと緊張しちゃって話できる気がしないの。ね、桜、お願い! もう少しだけ付き合ってよ」
「……えぇ……」
緊張とか、絶対うそ。沙羅はそんなことで緊張するような子ではない。
……けど。
「親友の頼みです! このとおり!」
ぱんっと両手を合わせて頭を下げられる。
ここまで頼まれたら仕方ない。
「分かったよ……」
「きゃあ~! ありがと桜~!!」
こうして、半ば強引に私は沙羅とバックステージへ行くことになったのだった。
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