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#1 現実逃避
『もしもし丈二?お母さんだけど。あんま連絡してくれないから心配してるんだよ、仕事は大丈夫?頑張りすぎてない?周りから頼られるのも良い事だけど自分の身を大事にね?疲れたらいつでも帰って来て良いからね?』
サバサバした女性の声がスマホから聞こえる。彼女の息子である丈二は留守電としてそれを再生しながら朝食のオートミールを頬張っていた。飲み込んだ後に吸いかけだった煙草であるラッキーストライクの煙を吸い込んだ。
『これ聞いたら連絡……』
そこまで言って留守電は切られた。食べ終わり煙草も吸い終わった丈二が食器を片付けるついでに途中で切ったのである。
☆
そのままシャワーを浴びる丈二。ヘアケアとスキンケアは欠かさない。
その後もタオルを腰に巻いた状態で髭の手入れとヘアセットを細かく丁寧に行っていた。洗面台に置かれたスマホから70~80年代のロックを流してそのリズムにノりながらワックスをパーマのかかった髪にベッタリと付けて行く。
それが終わると今度はインナーを着てパンツを履きクローゼットを開けた。今日のコーデ選びだ。
様々なコーデを合わせてみるが今日の気分は革ジャンだ。丁度ロックを聴いている事もあってかしっくり来たのだ。ハーレーダビットソンのライダースジャケットにヴィンテージのTシャツ、それに履き倒したボロボロのダメージジーンズを履いて準備完了だ。電話機の横に並べてあるサングラスの中からトム・クルーズと同じレイバンのものを選び装着、ニュースペーパーバッグを肩に掛けた後MAZDAの車のキーを手に取り指で回しながら玄関に向かう。
玄関ではBYREDOの香水を満遍なく浴びて使い込まれたレッドウィングのブーツを履いた。
そしてとうとう玄関の扉を開けて丈二は仕事に向かったのだ。
☆
アパートの駐車場には渋いMAZDAのロードスターのオープンカーが一台。その車体を優しく撫でながらスマホを点けてLINEの返信をする。
『丈二さんのアイディアのお陰で企画通りそうです!』
「そうか良かった、またいつでも頼ってくれよ」
そんなやり取りを何人かと行い表情が緩む。いかにもこの男、岬 丈二はデキる男といった雰囲気を放っていた。これから向かう会社でも若手実力者として評価されているのだろう。
空を見上げるとレイバンのサングラスに太陽光が反射して渋く輝いていた。
さて、これからこの渋い男は目の前に停まっているMAZDAロードスターに乗って会社に行くのだろう。……そう見えていたが。
「何だよ……」
このアパートの大家であり同い年の幼なじみである山中直樹がロードスターに見惚れている丈二を不審そうに見ながら呟いた。
「いや別に、いい車だなって思ってるから……」
不審がられた丈二は幼なじみに言い訳をする。すると納得はしていない直樹がロードスターの扉を開けて運転席に乗った。キーを使ってエンジンを掛ける。
「じゃあ俺急ぐから」
「あぁ、俺も仕事行かなきゃ」
そう言って直樹は運転して行ってしまった。自分のもののように見惚れて撫でてまでいたこのロードスターは丈二のものではなかったのだ。
「はぁ」
いい雰囲気を邪魔されたと言わんばかりに丈二は歩いてアパートを後にした。
☆
そのまま丈二は駅に向かい電車に乗っていた。朝の満員電車の中では蒸れた臭いと丈二の香水の匂いが混ざり更なる悪臭が乗客たちを襲っていた。迷惑がられていた丈二は最寄駅で降りて職場に向かう。
そして職場に着いた丈二は先程のLINEでのやり取りが嘘のように誰とも会話を交わさなかった。黙々と仕事を始めるために机に座りインカムを頭に着ける。髪型が崩れるのを気にしながらゆっくり装着した。
「はい、こちらの回線に変えていただきますとお値段が今より安くなるんですね……」
彼の仕事とは詐欺まがいなセールスの電話だ。先程までの渋い雰囲気は消え去り声を震わしながらビクビクと相手の老人にネット回線の変更を勧める。
『……いらないです』
しかし不審がられすぐに拒否されてしまう。しかしここで退くことを会社は許してくれない。何とか急いでマニュアルに目を通しこの場合の対応策の例文をそのまま読み上げる。
「でしたら別のプランも御座いまして……っ」
『いらないっつってんだろダァホが!!』
しかししつこいと感じられてしまい怒鳴られた。そのまま電話は切れてしまう。
「はぁーー、、」
マニュアル通りにやった結果怒鳴られとてつもないストレスが精神を襲う。プルプルと全身を震わせたまま彼は立ち上がり一旦オフィスを後にした。
そのまま彼はビルの階段に向かい踊り場でストレスを発散しようとした。
「だぁぁぁっ!このっ!!」
思い切り地団駄を踏み壁を叩いては腕を噛みながら力一杯叫ぶ。するとそこで別の階で働いているOLが2人階段を登って来ているのに気付いて我に返った。
仕方なくオフィスに戻ると上司に呼び出された。ホワイトボードに書かれた従業員の成績表を見せられその事について叱られる。
「岬~、今月もお前が圧倒的にビリだぞ?」
「すみません……」
その成績表には契約を取った数が棒グラフで記されている。確かに丈二1人だけ棒が圧倒的に短かった。
「謝罪はいらないんだよ、どうするかって聞きたいの!」
成績表を思い切り叩いてキツく言われる。彼は決して仕事が出来る人間ではないようだ。
「面接の時はさ?いかにもデキる男って風貌だったから採用したけど何だよこの有様、期待させんなっつーの!」
面接の時の事を持ち出してグチグチ文句を言い出す。この話を聞くのは何度目だろうか。
「見た目ばっか気ぃ遣ってもな、中身を磨かなきゃ輝かないんだよ!」
まるで頑張っていないというような言い方だ。ふざけるな、自分だって頑張っている。ただ人より出来ないだけだ。デキる雰囲気だからって勝手に期待して勝手に失望するなんてあまりに都合が良すぎるじゃないか。
そんな考えばかりが頭を駆け巡り上司の話はここから全然聞こえなかった。
特に残業がないのがこの仕事の唯一の救いだ。それまでのストレスを吸い込んで吐き出すように彼はビルの裏で煙草を吸っていた。出来る事なら喫煙所でちゃんと吸いたいが最近は喫煙所が撤去されてばかりで何処でも吸えなくなってしまった。このビルも例外じゃない。
なのでこうして誰もいないビルの裏で1人寒さに震えながら長い時間を潰して何本もの煙草を吸っているのだ。
そして帰宅。アパートの階段を登って部屋の前に着くと扉の前に人影が。それは幼なじみであり大家である直樹だった。こちらに気付くと少し顔を顰めて近付いて来る。
「やっと帰って来た……」
「待ってたの?」
丈二が声を発すると直樹は明らかに嫌な顔をした。鼻を押さえているため臭いがキツかったのだろう。
「お前また煙草めっちゃ吸ったな?」
「これしか楽しみが無いんだよ……」
「臭い凄いし身体壊すぞ?」
「大丈夫だよ……」
余計な心配をかけて来る直樹が少しウザかったので適当にあしらって部屋に入ろうとした。しかし直樹は腕を掴みそれを止める。
「おいおいおい、待ってたのにスルーかよ?」
「はぁ?」
「はい部屋の前で待ってました、それは何故ですか?」
突然まるでクイズ番組のような言い方になる直樹。更にウザさは増し余計に早く帰りたくなった。
「用があるんだよ、俺の部屋に来い」
下の階にある自室に誘導する。丈二は当然の疑問をぶつけた。
「何でわざわざそっち行くんだよ、俺の部屋でいいだろ?」
「煙草臭いの嫌なんだよ、だから俺の部屋でも吸うなよ」
「うわぁ最悪だ」
きっとこれから面倒な話をされるだろう。そのストレスを緩和させるために煙草は必要不可欠だ。にも関わらず煙草を禁止されては心が持ちそうに無い。
嫌がりながらも無理やり直樹の部屋に連れ込まれた。机を挟んで面と向かって座り真剣な話をする。
「何の話か分かるだろ?」
「……家賃」
「そうだな」
まるで悪さをした不良と担任教師のような構図で直樹は丈二に詰め寄る。
「今月もまた家賃滞納。お前の事情は分かるけどさ、こっちも払ってもらわないとやってけないのよ」
「…………」
大分こたえているようで口を開けない丈二。そんな彼に対して直樹は言った。
「どうだ?そろそろお母さんに本当のこと話したら?」
すると、、
「それはダメだ!」
突然丈二が大きく反応し机を叩く。焦りを見せながらも彼の手は震えていた。
「だけど隠し通すのは無理があるぞ。仕事は大成功して可愛い恋人もいて超充実してるだなんて真逆じゃんか」
どうやら丈二は母親に嘘を吐いて今直樹が言ったような事にしているらしい。
「フェイクSNSアプリでトーク内容偽造したり免許あるのに車買えないからキーのレプリカ作ってそれっぽく見せたり、見苦しいぞ」
どうやら部下からのLINEやMAZDAのキーは見栄を張るためのフェイクらしい。
「別にいいだろそんくらい……」
少し恥ずかしくなり顔を隠して誤魔化す。
「どうせバレるって意味だよ。こっちにも事情があるんだし金ないならお母さんに説明して貸してもらえって」
しかし頑なに丈二は拒否する。
「でも母さんは病んでるんだ、現状を知られたら自殺しかねない……」
母親を想っての嘘であるようだ。
「じゃあどうすんだよ……」
「…………」
しかし他に解決策は何も浮かばない。ではこのまま大人しく母親を自殺に追い込めと言うのか?
「お前さ、幼なじみのよしみで見放さずに部屋貸してやってるけどよ。流石にもう限界だぞ?」
声のトーンが変わった。少し怒りの色が混じっているような気がする。
「見た目ばっか気にしてないでもっと中身を変える努力しろよ。だから今までも第一印象だけで人が寄って来るけどすぐ離れてくんだぞ、そのせいで友達も俺しかいない」
先ほど上司に言われた事と同じような事を友人から言われる。違うんだ、自分だって努力してない訳じゃない。
「俺だって努力してんだよ、人より上手く出来ないだけで……!変われるもんなら変わりたいよ、本当に母さんを安心させられるようにしたい!!」
血相を変えて立ち上がる。魂からの叫びだった。
「でもダメなんだよ、俺はこんな風に生まれちまった!誰も幸せには出来ない、人を不幸にするような悪魔だ!!」
いくら努力しても結果を得られない自分、それにより他人を傷付けてしまう自分の生まれを嘆いたのだ。
「見た目ダサいから変えろって言うから髪とか服とかに気を遣ったら今度は中身を変えろって言われてさ!そんなんばっかだよ、少しは努力した事を褒めてくれたらどうなんだ⁈」
そうだ、全く褒められなかった。努力して出来るようになってもまた別の所を指摘されまた努力しても他の所を指摘される。その繰り返しの日々に疲れてしまったのだ。
「じゃあお前は俺を褒めてくれたか⁈部屋を貸してやった事、離れないでいてやってる事に感謝してくれたか⁈ないよな⁈自分の事で精一杯で俺の気持ちになんて気付いてないだろ⁈」
すると直樹も激情し反論する。これには流石に何も言い返せない。
「そうやって自分だけ都合よく人に求めて誰かのために何かしてやらないから嫌われるんだ。お母さんだってそんなお前を気に病んで心を病んだんだ!!」
もともと丈二のために部屋を貸したり友達でいてくれている直樹が言うから説得力があった。しかし母親が病んだ原因が自分だと言われて丈二の気分は更に悪くなる。
「何だよそれ、全部俺のせいかよ!自業自得ってか⁈」
とうとう我慢できなくなった丈二は直樹の部屋から出て行こうと歩き出した。
「待てよ話は終わってねえぞ!」
止めようと肩に触れた直樹の手を振り払う丈二。2人はしばらく睨み合っていた。
「じゃあ出てってやるよ」
決意を固めもう一度歩き出す。外に出るためブーツを履いたところでまた肩を掴まれた。
「何でそうなる⁈」
強く肩を揺すられる不快感が凄い。
「もう限界なんだろ?よかったじゃねーか!」
「だからって!!」
そこで丈二は気付く。この血相だ、歩いて出て行ったところで彼は何処までも追いかけて来るだろう。
「ちっ……」
追いつかれないために丈二は玄関に置いてあったMAZDAロードスターのキーを手に取り直樹を突き飛ばしたあと勢いよく扉から飛び出した。
「くっ、待てよ……!」
直樹が立ち上がり慌てて部屋を出た頃には既に丈二はロードスターのエンジンを起動していた。
「おい待て!!」
既に発車したロードスターの窓を叩くがそこから見える丈二は全くこちらを向いてはくれなかった。
そのまま夜道を駆けて行くロードスター。もう止める者は誰もいなかった。ただ見えなくなっていくライトを見つめる直樹がそこに立っていただけだった。
こうして岬 丈二による現実からの当ての無い逃亡劇が始まったのだ。
ロードスターを奪い無我夢中で走り続けて数分、丈二は冷静さを取り戻しようやく自分のしてしまっている事の重大さに気付いた。これは紛れもない窃盗だ、きっと直樹は警察に通報するだろう。そうした場合自分の現実は余計に辛いものとなる。流石に母にもバレてしまうだろうから。
「はぁ……」
今はただ溜息を吐く事しか出来ない。愚かにも丈二は今の現実からも目を背けようとアクセルを踏み続けた。
途中まで運転していて気付いた事がある。仕事が終わった時以来煙草を吸っていないのだ。直樹へのストレスも相まってイライラは最高潮に達していた。
しかしここでは吸えない。まだ人の車の中で勝手に吸うのは抵抗があった。今更ではあるが。
そこで思い付く、丁度この近所に知り合いが経営しているビリヤードバーがある事を。喫煙可能店なので煙草が吸えるしマスターも知り合いなので気軽に寄れそうだ。
丈二はハンドルを切ってその店の方向へと進んだ。
ビリヤードバーに入った丈二はすぐさま煙草に火を着けた。飢えた肺にはズシリと来る煙と店内に流れる70~80年代のロックが心地いい。
しばらく吸って落ち着くとビリヤードを打っていたマスターに声をかけられる。酒についてだ。
「今日は飲んでく?」
「いや、運転するから今日はいいや」
「マジか!とうとう車買ったの⁈」
「ま、まぁそんなところ……」
流石に盗んだとは言えないので話を合わせる事にした。
「見せてよ車!」
「え」
マズい。彼は直樹とも知り合いのため当然車種を知っている。一目見ただけですぐに直樹のものだと分かってしまうだろう。
「あーえっと、、」
何とか誤魔化す方法を探す。頭をフル回転させるがどうしても浮かばなかった。すると、、
「お、Another One Bites the Dustだ!」
ランダムで流していた音楽ソフトマスターのお気に入りの曲が再生される。彼は大喜びでキッチンに入っていった。
「この曲流れたから今から1人一杯までサービス!!」
その言葉に他の客たちは大喜び。一斉に酒を注文し始めた。マスターはひとりひとりに柔軟に対応していく中、とある注文を受けて手を止めた。
「ねぇ、サービスなら私にも頂戴?」
「だから君まだ未成年でしょ?店に入るだけでもギリギリなのに酒まで出したらいよいよアウトなのよ」
長い綺麗な髪を靡かせアメカジの服装やメイクをしながらも子供っぽさを隠し切れていない少女が酒を頼もうとしていた。当然未成年のため断られるが。マスターの反応からして何度も来ているのだろう。
「19だからほぼハタチのようなもんでしょ」
しかし引き下がらない少女。その反応にマスターもいよいよ痺れを切らした。
「そういう理屈じゃないんだわ。流石に迷惑だしそろそろ警察呼ぶか?」
店の電話を手に取るマスター。警察に電話する気だ、それは丈二にとっても非常にマズい。
「それはっ……」
少女が警察を呼ばれるのを嫌がっている。気が付くと丈二の身体は動いていた。彼女のためじゃない、自分の身の安全のために警察を呼ぶのは阻止するのだ。
「もういいだろマスター、アンタだって面倒ごとは起こしたくないだろ?」
咄嗟に前に出て宥める。丈二が割って入った事によってマスターはとりあえず電話を置いた。
「何、この子知り合い?」
「いや?」
「じゃあ何で止めた?」
「別に……」
マズい、勘付かれたか?そう心配して冷や汗が出るが。
「まさかナンパ⁈やるねぇ!」
誤解されてしまった。この場合助かったとも言えるが。
「いやっ、まぁ、あのっ……」
恥ずかしいがここで否定してしまってはせっかく助かった意味がなくなってしまう。
「そんなとこかな……?アンタのせいでバレちまったけどっ」
そう言った顔は相当強張っていただろう。恥ずかしくて少女の顔は見れなかった。バラされて玉砕したという事にして丈二はすぐさまその場を離れて端の方の席に座った。
☆
「すぅぅぅ、、はぁぁ……」
恥ずかしさを誤魔化そうと力一杯煙草の煙を吸い込んで吐き出す。しかしナンパを肯定してしまった現実は逃げてもすぐに追いついて来た。
「お兄さん」
当然だが例の少女が声を掛けて来た。
「ん、あー何でしょう?」
緊張で上手く返事が出来なかった。変な男だと思われなかっただろうか。しかしそれとは裏腹に少女は隣の椅子に腰掛けた。
「助けてくれたんでしょ?」
「んー、別にそういう訳でもない……」
正直なところ自分が警察が怖かったから止めさせただけだ。
「じゃあ何で警察呼ぶの止めてくれたの?」
「…………」
完全に黙ってしまう。嘘がつけないというよりは上手い言い訳が見つからなかったのだ。下手な言い訳は余計に怪しくさせてしまう。
「お兄さん犯罪者なんだ?」
「ゴホッ、ゴホッ……!!」
見事に言い当てられ煙草でむせてしまう。
「うそ、当たった?」
「いや、それは……」
何て鋭い少女なんだ。必死に否定しようとするが咳が止まらない。
「ねぇ何やったの?」
興味津々に聞いてくる。何だこの子は、相当な変人だ。
「そんな大した事じゃなくてな、見つかったら注意される程度の事だよ……」
大罪ではないという事を示すために誤魔化して言うが彼女は興味津々だ。
「で、何やったの?」
これは言うまで退いてくれないだろう。仕方なく丈二は彼女だけに聞こえるように小声で耳打ちするように今ここにいる経緯を説明した。
「友人と言い合いになったから車盗んで逃げた」
細かい事は恥ずかしいので言わずに簡潔に。
「えーすご!超ロックじゃん!!」
「しーっ!あんまでかいリアクションすんな!」
小声で話したにも関わらず大きなリアクションをされ慌てる。
「じゃあ今逃亡中って事だ?」
丈二の心配など気にも止めずに面白そうに聞いてくる。
「まぁそうだな」
「これからも逃げるの?」
「考えがまとまるまでは……」
今後の事は考えていなかったのでとりあえずそう答える。すると予想だにしない答えが返ってきた。
「じゃあ私も連れてってよ!」
流石にこの返事を予想できる者などいないだろう。
「はぁ⁈」
思わず大きな声を出してしまう。
「ねぇダメ?」
上目遣いで目を輝かせて聞いてくるが丈二は困ってしまうだけだった。
「あのなぁ、何も面白くないぞ?」
何とか説得しようと試みる。
「そんな事ないよ?お兄さん面白そうだし」
「っ……!!」
その何気ない一言で少し傷が抉られた。そうだ、彼女も自分の第一印象だけで勝手に面白そうだと期待しいずれ失望するのだろう。そんな未来が見えた気がした。
「うん、やっぱダメだ。俺なんて第一印象だけで実際面白くないから、やめとけ」
これ以上失望されたくない、あんな想いはごめんだ。そんな考えからわざと彼女を突き放そうとした。
「第一印象が良いのは認めるんだ」
すると彼女は意外にも笑いながら言った。
「前言撤回、お兄さんは面白そうじゃなくて面白い。これは確定!!」
「っ……///」
不覚にも嬉しいと思ってしまった。何度も否定されてきた身なので薄っぺらくとも肯定してくれる声がやはり嬉しい。丈二は顔を真っ赤にしていた。
「あれ?顔赤くなってる?」
「なってないっ!」
「嬉しいんだ?可愛いとこあんじゃん!」
そう言われて更に赤くなる。必死に手で顔を覆うが隠しきれなかった。
・
・
・
そのまま店を出て彼女をロードスターの助手席に乗せる。
「これが盗んだ車か」
「あんま言うな」
エンジンを入れて走り出す。行く当てがないのは相変わらずだが彼女もそれを了承した上で着いて来てくれているようだ。
「そいえば名前は?」
「麗奈。渚 麗奈」
「俺は丈二。よろしく」
今更ながら自己紹介をした後、2人は夜の闇に駆けて行った。
☆
彼らが出て行った後のビリヤードバーでマスターのスマホに着信が入った。相手は直樹だ。
「もしもしどーした?」
明るく出るが電話越しの直樹は真剣な声をしていた。
「突然ごめんな、もしかして丈二がそっちいないかと思ってさ」
「あーさっき来てたぞ?何か女の子連れて帰っちゃったけど」
「はぁ?女の子?」
しかし今はそんな話のために電話をしたのではない。
「てかどうしたよ突然?」
「いや丈二がな?家賃滞納したまま俺の車盗って逃げたんだよ……」
何があったのか伝える。
「え⁈あー車ってそういう事か!うわぁとうとうアイツそこまでやったか……」
「今警察呼んで対応してもらってるんだけどさ、行きそうな場所心当たりないかって聞かれたから電話したわけ」
「でももう出て行っちまったからな、流石にどこ向かってるかまでは分からん」
「いや十分だよ、付近の監視カメラ調べれば分かると思うから」
「そっか、、なんか悲しいな……」
「仕方ないよ……」
そのようなやり取りが行われ警察も細かい捜査にあたる事になった。
☆
その後、丈二と麗奈の2人は少し行った繁華街のビルにあるネットカフェに泊まっていた。別々のブースでそれぞれ夜を明かす。
「んん……」
丈二が目を覚ますと時刻は昼の13時を過ぎていた。昨日の疲れが溜まっていたのか熟睡してしまったようだ。スマホで時刻を確認すると通知欄に目が行く。ニュースアプリが最新ニュースを伝えてくれていたのだ。
『男が車を盗み逃亡した後、19歳女性を誘拐』
そのニュースを見てゾッとする。慌てて開きその内容を確認した。
まず書かれているのは自分たちの事であるという事を確認。そして次に目を引いたのは麗奈の事だ。どうやら彼女は家出中の身で家族が捜索願いを出していたらしい。そんな中で昨日丈二と共に車に乗って出て行く様子が目撃され誘拐されたのではという話になったようだ。
「マズい事になった……」
話が思った以上に飛躍してしまい自分の身がかなり危ない状況になってしまっている。
丈二は慌てて立ち上がり隣のブースにいる麗奈に声をかけた。
「おい、マズいぞ……!!」
周りにバレないように小声で彼女を呼び出し人の少ない本棚の辺りに連れてきた。
「何、どうしたの?」
「俺たちの事がもうニュースになってる、誘拐事件になっちまった……!!」
「うそ、名前は出てる?」
「顔も名前も全部バレてるよ。ってかお前家出中だったんだな、一人暮らしだと思ったから着いてくる事了承したけどよ……」
しばらくウロチョロしながら考える。そして浮かんだ答えは、、
「悪いけどお前ここで降りてくれないか?警察に事情説明してさ、誘拐じゃないって分かったらそこまでの大事件じゃなくなる……」
これしか最善の案は浮かばなかった。しかし麗奈は頑なに拒否をする。
「嫌、私絶対ウチには帰りたくない……!」
「頼むよ、俺もマズいんだ……!ここで捕まって大罪背負わされたら母さんが、、」
そこまで言いかけて静止した。彼女にあまり自分の事は話したくない。いい第一印象を抱いてくれたので中身を知られるのが怖いのだ。
しかしそこで麗奈は自分の事を話す。
「ごめんなさい家出なんてしてませんよみたいな顔して近づいて。騙したみたいになっちゃった……」
「何で急に謝るんだよ……」
「でもお願い連れてって!私もうあの家には帰りたくないの!!」
その目は必死だった。
「いくらお金があっても私のこと縛り付けて何の自由もない生活もう嫌だ……!お兄さんみたいな自由な人と一緒にいたい!どれだけリスキーでも不自由は嫌だ!」
「っ!!」
「お願い、現実から目を背けさせて……」
その言葉で気付く、彼女は自分と同じであるという事。現実から逃げ出している丈二と同じように彼女も現実から逃げ出そうとしているのだ。
「…………っ!」
ダメだ、放っておけなくなってしまった。完全に彼女が自分と重なって見える。
「……分かった、着いて来い」
「うんっ!」
こうして彼らは荷物を纏めネットカフェを後にした。そして車を停めてある駐車場へ向かおうとした際に何度も警察を見かける。
彼らはいずれも丈二と麗奈の顔写真を持っていたため気付かれないように遠回りしながら駐車場に行った。そして何とかエンジンをかけて発車。警察たちとは逆方向に逃げた。
「ふぅー、緊張した……」
車内で運転しながらため息を吐く。
「立派な犯罪者だね」
麗奈はふざけたように言うがこちらは心臓が持ちそうにない。
「あー煙草吸いたい……」
「吸えばいいじゃん?」
「いやでも他人の車だし……」
「今更すぎじゃん、もうそれ以上の犯罪やってるからね」
確かにそうだ、もう自分はこんな事で悩んでいて良いような人間じゃない。
「うん、言えてる」
小さくそう呟いてポケットからくしゃくしゃのソフトケースに入ったラッキーストライクを一本取り出す。それにヴィンテージのジッポライターで火を着けて深く吸い込んだ。
「すぅぅ、、はぁぁーーー」
犯罪の味は今までとは違っていたが異常なまでに美味しかった。
彼がもう一般人ではなくなってしまったのだと言う事を証明する出来事であった。
つづく
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