白衣の売人

　人は白衣に弱いらしい。

　俺の姪っ子は、とんでもない馬鹿で医者一族の中でも浮いている。それでも某製薬メーカーの研究補助のバイトを紹介して働かせていた。一言で言えばコネだ。

　それでも姪っ子は白衣を着て職場周辺で歩いていると、お医者様だと勘違いされるらしい。あん馬鹿な姪っ子が。

　ビジュアル系バンドで白衣のコスプレをやっているものもいるが、あんなゴテゴテな化粧をしていても少々頭良く見えるから不思議なもんだ。

　つまり人は白衣に弱い。

　そして患者は馬鹿。

　俺は精神科医をやっているが、その理由は元手もかからんし、コスパよく開業できたからだ。父のコネを使って「精神科医が勧める健康法」なんて本を書いたりもして、そこそこ儲かる。

　別に俺はカウンセリングのプロではないが、それっぽい事を期待されたので、スピリチュアルや坊さん、神父さんが書いた本を適当に繋ぎ合わせて原稿を作った。そんなコピペでも有り難がる読者や患者がいるから助かるね。

「先生、助けてください。就職できなくて眠れません。魔法のような薬はないですか？」

　うん、魔法のような薬なんて無いね。

　今日も馬鹿な患者がやってくる。

　生活習慣も変えず、目の前にある問題に対応しないのに、薬で何ができようか。ちょっと良い気分になるだけのお酒、ポルノ、ギャンブルと大差ないのだが、患者は魔法の薬を飲みたがる。

　もちろん、真面目すぎて壊れたものも多い。それでも、その真面目さをコントロール出来なかった事は、俺から言わせれば怠惰だ。怠け者だ。

　世の中には俺のような悪い医者も大勢いるんだぜ。ただ一生懸命ルールに従って我慢してれば、幸せになれると思う？　それは甘いよ。

　聖書にも「鳩のように素直に蛇のように賢くあれ」とある。鳩のように素直、かつ真面目で人の言うことを我慢して守る＝努力なんて思っているだけの人間なんて、最高の鴨よ。

　まあ、真面目に生きたければご自由にどうぞ。鴨葱患者は俺が美味しく頂こう。もちろん、俺のような薮医者にかかっても回復したものもいるが、それは薬や俺のお陰ではなく、本人が主体性を持って努力したからだよ。そんなレアケースは、一般化して良いかは微妙な所だね。

「ええ。わかりました。魔法のようなお薬、出しておきます」

　俺は天使のように微笑む。

　もちろん、副作用がある事など一秒も説明しないよ。だって説明したって聞く耳あるわけないじゃん。薬は魔法。神様のように信仰しているんだから、余計な事は言わない方が良い。

　日本には宗教の自由がある。「お薬大好きカルト教」の信者にわざわざ本当の事を伝えてあげる必要ってないよね？

　カトリック信者のマザーテレサだって仏教やヒンドゥー教信者の信仰心を大切にしていた。うん、それは最高の思いやりだよね？

　ちなみに薬の副作用が続くと、酷い場合は自殺する可能性も高くなる。俺もずっとこの仕事をしてるので、薬が自殺願望の温床になっている事は察する。まあ、科学的証拠がいっぱいあるわけじゃないよ。長年の経験のカン、虫の知らせってやつ。

　まあ、患者でもたまに悪どいヤツもいるんだよなぁ。生活保護や年金の診断書目当てでくる患者。

　こういう患者は薬害についても調べてるから、怠薬して診断書だけゲット。決して薬は飲まないし、注射も受けない。処方された薬は海外に流して小銭稼ぎ。俺も悪どいけど、なかなかこいつらも賢いね? まあ、ごく一部の患者で滅多にお目にかからないが、素直なだけの鳩よりはマシかもね。それにしても医者＝診断書の価値しかないってよくわかってるなぁ。緊急の患者や怪我人治せる医者は格好良いけど、俺みたいなのは診断書しか価値ねぇよ。

「いい薬です。魔法のような薬です」

　今日もせっせと白衣を着て薬を売る。

　え？

　犯罪にならないかって？

　逆に俺のどこに犯罪性があるのさ？　精神科の薬も診断書も合法よ。

　例え患者が自殺しても、「自己責任」で「因果関係不明」です。

　悔しかったら医療ミスや薬害で訴えてみなさい。無理だから。俺は何の責任もとらんぞ。精神科を受診していた性同一性障害のタレントが自殺したらしいが、それだって医者の責任は一切問われてないぜ。

　それに患者の要望に合わせてるだけ。サービス業ね？

　俺は全く悪くないよね。お前らが望んでいる魔法の薬を提供しているだけ。

　では、鳩のみなさん。

　生活習慣も変えることなく、目の前の現実から逃げて、俺みたいな白衣の悪魔に依存しながら魔法の薬を飲みましょう。

　ええ、実にいい薬です。何も考えないで、素直な鳩になって大量の薬を飲みましょう。科学的根拠もあるし、白衣のお医者様が言ってるんだから、大丈夫なんですよ。

　まあ、俺だったら飲まないけど。家族や友達が飲んでたら、全力で止めるよね。