優しい世界の終わり方

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 気づいたら、僕は実体のない風となって浮遊した。信じられないほど体は軽くなり、どこへ行くのも可能だった。魂の状態になってしまうと、世界はよりハッキリ見えた。僕は地上を見下ろしながら、うつむいたまま歩いている女の子に目をとめた。なぜか目を逸らせなくて、僕は彼女に近づいた。 『こんにちは』  僕がそうささやくと、彼女はビックリしたようにキョロキョロと辺りを見まわした。 (僕の声が聴こえているんだ)  得体の知れない懐かしさで、胸の奥がいっぱいになる。この子も「僕と同じだ」と思う。生きていることが苦しくて、今すぐ消えてしまいたいと願っている女の子。 『見て、空が綺麗だよ』  僕がふたたび話しかけると、彼女は顔をあげて、眼前に広がる空を見た。雲間に、今にも 消えそうな七色の虹が架かっている。こわばっていた彼女の顔に見落としてしまいそうな ほど、かすかな笑みが刻まれる。そのほんのわずかな表情の変化が嬉しくて、僕はしばらく のあいだ、彼女のそばにいようと決める。 「あなたは誰なの?」と彼女は聞く。  僕は、もう自分の名前を思いだすことができなかった。それを思いだすには、僕はもうずいぶん現実から離れていた。  僕は、彼女に綺麗な空を見せてあげたいと希う。そうして見つけた風景が彼女を照らしてくれるなら、僕の心も少しだけ救われるような気がするから。 『僕に名前をつけてよ。どんなものでもかまわないから』  歌うように僕は言う。  空のむこうに架かった虹は淡い光を放ちながら、やがて始まる宵闇の深い青にまぎれていった。
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