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その日から、僕は姿の見えないソラと会話を重ねるようになった。彼女はずっとかたわらにいて、いきなり話しかけてくる。それもたいてい、限りなく落ちこんでいるようなとき、ソラはすぐ近くで僕に声をかけてくれた。
雨上がりにかかる虹。
流れ星が落ちる瞬間。
青空に伸びる飛行機雲。
彼女はそんなものをいつも僕に見せてくれた。ソラに声をかけられるたび、うつむいてい
た僕は、顔をあげることができた。そうすると普段より深く呼吸をすることができて、僕は目の前に広がる、当たり前に存在する世界の美しさに打たれた。ソラは世界が彩りを増す瞬間を熟知しているようだった。ソラに話しかけられるたび、胸に巣くっている感情―― 死にたいという欲求は、もっと違う何かになって心の底を照らしだした。そして、そんな照射を胸の奥で感じるたび、僕はソラと名づけた彼女が消えてしまうのではと恐れた。
「君とずっと一緒にいたいな」
ある日、何気ない会話を交わしていた途中、僕はそうつぶやいた。気づいたら、姿の見えない女の子―― ソラと話す時間は、僕のなかでとてつもなく大切なものになっていた。たとえ世界中の人から見放されてしまっても、ソラさえそばにいてくれれば大丈夫だと僕は思えた。そしてそれは決して大げさな感情ではなくて、僕の正直な気持ちだった。
『私はもうすぐ消えちゃうの』
悲しそうにソラは言った。
その声が耳に届いた瞬間、僕は体の中心が引き裂かれる心地がした。こんな中途半端に僕を置きざりにして、彼女は消えてしまう。もう、今すぐにでも。
そう思うと、それだけで涙が薄くにじみそうで、僕は嵐のように湧きあがる悲しみをじっとやり過ごさなければいけなかった。彼女が突然、音もなく消えてしまうなら、なんで、
「なんで僕の前に現れたりしたんだ」
言った瞬間、後悔した。
そんなことを本当は口にすべきではなかったのに。
『君がまったく同じことを思ってるって分かったから』
風にまぎれていくように、ソラの静かな声がする。
--君と同じだったから。
初めて会った日も、彼女はそう言った。
それがどんな意味なのか追求することもなく、受け流してしまったけれど。今度はソラも言葉を終わらせようとしなかった。
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