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軽やかな声は上のほうから聞こえる。そこには木があって、見ると彼女は高いところにある枝に座っていた。
「バカ! どうやって登ったんだ。お前みたいに重かったら枝なんて折れるぞ!」
「失礼な。確かに最近ちょっと太ったけど。そんなこっちゃない!」
正直に言いながらも彼女は返答してひょいっと枝から飛び降りた。
高さは五メートル以上ある。落ちたら無事ではない。彼は慌て落下点を予想し走った。
「どうだ! これでちょっと信用できるかい?」
彼女はふんわりと浮かび上がるとトスッと彼の横に軽く着地していた。
「どうしたんだ! 今の!」
あまりに不思議な出来事。
「だからー。あたしは魔法が使えるの。そんで魔法を使えるようになる薬を作ったってわけ。そんで元々魔法の使える自分では試せないから、君の出番なんだ!」
一度呆れた彼女だったが、彼の両肩に手を置いて説得する。
「えーっと、そのだな。本当にお前が魔法を使えるとしてだ。その、試作品の薬を俺が飲むのに危険はないのか?」
彼女はその言葉に「多分!」としか答えなかった。
「危なっかしくて、そんなもん飲めるか!」
「つべこべ言うな!」
とうとう彼女の堪忍袋の緒も限界だったみたいで、彼をヘッドロックして口に薬を放り込んだ。
「飲んじまった」
急なことだったので彼は彼女の攻撃に対応しきれなかった。
「どうなのさ。苦しくなったり、気分悪くなったり、死んだりしない?」
「やっぱ、危ないんじゃないか。でも今のところは普通だ」
一度彼女も心配をした。本当に試してない薬だったみたい。
「なら、成功なんじゃない? 飛んでみなってー」
「飛べって言われてもな。どうしたら良いんだ?」
だけどちょっと信じてみたい気分もある。それは彼女の人間としてのことじゃなく、彼だって魔法なんて夢みたいなことを試してみたいから。
「この薬は結構強力だから練習しなくても、飛ぶイメージを持てば簡単。だと思うけど」
「さっきから予想ばかりなんだがな」
空を眺めて彼は地面を蹴った。軽いジャンプ。普通なら直ぐに着地する。普通なら。
「しゃー! よっしゃ! 成功だ!」
簡単に飛び上がって彼女が手振りも大きく喜んでいるのを、彼は数メートル上から眺めた。
嘘みたいな風景。それから自分の思う方向に意識を移すと移動も簡単。彼は自由に空を飛び回った。
「ちょち。実験なんだからあたしの目の届くところに居なー」
自由自在に飛んで彼は山に有る滝の上に降り立っていた。まだ夢を見ているみたい。現実だと思ったのは彼女が追ってきて、あたまを叩かれたから。
「こんなことが起きるなんて信じられない。夢じゃないんだ。魔法が使える」
「わりぃけど、その薬の効力は半日で終わるよ。そんで記憶もいつも通り消させてもらう」
テンションが逆になって彼女は子猫のように彼の首をつまんで飛びあがる。
「ちょっと待て、これは続かないのか?」
「もちろんだ。魔法を使うのは難しーんだから」
彼女に言われて「つまらんな」と彼は呟きながらさっきの一言を聞き逃すところだった。
「いつも通りってこれまでも魔法の実験に俺を使ったのか?」
腕を組んで運ばれる彼は上を見ると、彼女が気まずそうに視線を外しているのが見えた。
「危ないことをこれまでも試してたのかー!」
その叫びは町に響いたが、誰も空の上に人が居るなんて思わない。
「だからー。これまでも、今日も死なんかったから良いじゃん」
再び二人の家の近くの河川敷に戻ると、今度は彼が怒って膨れてた。
話を聞くとこれまでも彼女は魔法の実験で彼を利用して、それから魔法で彼の記憶を消していた。
「許さん。こんな自分勝手に使われてたとは」
「そう言わんと。あたしは魔法自体の力は弱くって、新しい魔法とか魔法薬の研究が必要だったんだ」
「そんなことをする理由は有るのか? しかも俺を騙してまで勝手に協力させたり」
「魔法の世界には魔法協会ってのがあって、そこで認められないと不便なんだよ。それに一般人に魔法を知られたら忘却魔法でその記憶を消すのがルールなんだ。法律は守らんと。それに毎回あたしが魔法が使えるって知った君は、楽しそうだったよ」
彼はまた唸った。
「一つだけ条件が有る。この薬をもう一粒だけ分けてくれ。記憶を消すのはそれからで」
「それはー。うーん。どうだろ?」
「これまで俺を利用したのを許すから。そしてこれからも実験に付き合う」
あまりの好条件に彼女は「それなら、明日の今頃には記憶を消すからね」と返事をして彼に薬を渡した。正直「一粒くらいなら罪滅ぼしだ」と思ったから。彼が魔法を使えるのは一日程度。問題はないだろうと彼女は思っていた。
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