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Ⅰ.風邪
――風邪を引いた。朝起きた瞬間、直感的にそう察した。
頭痛、喉の痛み、鼻の詰まり、関節の痛み、そして身体の怠さ。
これだけ諸症状が現れていれば、引かない気付かないと言われているお馬鹿さんでさえ風邪だと思い知ることだろう。
やおらベッドから起き上がると、その症状はより顕著に感じられた。
ああ、揺れる揺れる。世界が揺れる。
フラつきながらリビングへと向かい歩き出す。この重力を抑制するような独特の浮遊感。体温もそれなりに高いのではないだろうか。
壁をつたいながら、何とかリビングの戸を開け、今日始めての声を発する。
「……母さん、俺今日、学校休むわ」
「なにその声!? あんたも風邪なの!?」
「あんたも……ってことは他にも誰か?」
「お父さんも寝込んでるわよ」
そう言って母さんはペロリと舌を出す。緊張感のないことで。
ともあれ、どうやら病変は俺だけに起こったものではなかったらしい。まだ決めつけるのは尚早だが、何らかの風邪が我が家に蔓延しているのかも知れない。変なウイルスでないと良いのだが。
俺の心配を他所に、母親はあくまで平然と事務的に発した。
「テーブルの上に『ビム錠』置いてあるから、ご飯食べたら飲んでおきなさい」
「ビム錠? って市販薬でしょ。効くの、それ」
「お父さんにはよく効いてるみたいだけど」
「俺はいいや、病院行って、ちゃんとした薬もらってくる」
「あらそう。大差ないと思うけど」
母親の世代というか、年長者はどうも病気やウイルスに疎いところがある。ちょっとした風邪だろうが、しっかりとプロの診断を受けることが重要なのだ。
もしかすると風邪なんかじゃなく、もっと違った原因による症状かも知れない。だとすればビム錠とか言う市販の風邪薬なんかで症状は改善しない。
「じゃあ取り敢えず、学校には連絡入れてとくからね」
「ありがと」
ひとまず学校の心配はする必要がなくなった。試験期間中じゃなかったのが不幸中の幸いか。程なくして俺の前に湯気をたてながらたまご雑炊が運ばれてきた。作るにしては早すぎるし、父さんの残りなのだろう。母さんからすれば、家族が同時に風邪を引くというのも、存外効率が良いのかも知れない。
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