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御学友にもらえばいいのでは?
そんな折、カール王子が便箋を貰いに来たことがあった。
頻繁に手紙のやり取りをする貴族女性に比べて、男性は学内で手紙を書く事は稀なのかもしれないと納得して、支給された学用品に未開封の物があったので、そのまま渡すことにした。
「テレジア、一枚でいいのに。こんな束はいらないよ」
「一枚でよろしいなら御学友に融通していただいたらよろしかったのでは?」
仕方がないで教室の廊下に備え付けられたロッカーに、不要と断じられた哀れな便箋の束を戻すことにする。
すると、カール王子が背後から私をロッカーとの間に閉じこめるように手を伸ばし、ロッカーの扉を押さえ中を物色する。
婚約者といえど、私のロッカーを勝手に漁られるのは面白くないのだけれど!
「行儀が悪いですよ」
「ごめん、ごめん」
全然悪いと思っていない口調で宥められ、不必要に密着してくる。いかがわしいのでやめて欲しい。
他の生徒の視線が刺さる気配がするが、そちらを見ても誰もが視線を逸らして見ぬふりをする。
「こういうのは、テレジアの私物がいいんだよ」
カール王子は、わざわざ私が好んで取り寄せているお気に入りの便箋を一枚抜き出した。
「こういうの」がどういうのかが判明をするのはすぐであった。
その次の日、わざわざ私の目に入るところで酷い茶番が行われたのだから。
教師から一学年上の教室に荷物を運ぶ手伝いを頼まれたので行ってみると、小動物のような愛らしさの美少女とカール王子が肩を寄せ合い何事か話し込んでいる。
私は教室に入る事なく、入口の少し手前から中をうかがった。
教室内で二人を取り囲むように見守っていた生徒達は自然な動きで移動していく。
人垣が割れ、私から二人の様子がよく見通せるようになった。
(……見ればいいんですね。はいはい、見ます)
私に見せるために別の建物から荷物を運ばせて来たんでしょうから。
アメリアさんは、小動物の様に震えている。
「何か問題でも?」
カール王子は通常運転の笑みを浮かべて問いかける。
「カール、こ、これ……」
涙を溜めながら震える手でカールに便箋を見せる。
!!!
(わたしの便箋っっ?!)
令嬢スマイルを浮かべながら、素の私は内心、頭を抱えた。
「ああ、これは、警告文だね」
警告文が書いてあるようだが、もちろん身に覚えがない。
「いいえ、こんなの脅迫だわ。こんな……私がカールと仲がいいってだけで」
カール王子はアメリアさんから便箋を取り上げると、私に文面が見えるように掲げて読み上げる。
「なるほど『王家に関われば面倒な事が起きるだろう。』……か」
見えた。
ちゃんと私に見せるようにしていたので字を確認しろとの合図だったのだろう。
文面は紛う方無くカール王子の筆致。
……しかし便箋は私の物。
「しかし、この便箋は……」
などとカール王子が含みを持たせてチラッと私を見る。
え? それ、昨日私が貴方にあげたものよね。
などと一言でも言えば、物凄い勢いで巻き込まれていく事が目に見えるので黙っている。
それすら見越しての事だろう。
私は私の思ったように振る舞うだけだ。
無視、無視。
さて、芝居がかって泣き崩れるアメリアさん。
泣くアメリアさんを促して退場して行くカール王子を見て誰もがこう思っただろう。
ああ、悪役令嬢婚約破棄ごっこが始まったのかな……と。
その場合、私が悪役令嬢役なのだが、王子の誘いに伸るべきか反るべきか……降板したいのはやまやまなのだが、そのうち引きずり出されるだろうから覚悟を決めなければならないと早足で自分の教室に戻っていくのであった。
劇は幕を開けたばかりだった。
その後も私を黒幕と想定される寸劇が至る所で繰り広げられた。
アメリアさんのロッカーの中身が投げ出されていた時も酷かった。
いや、中身を投げ出したのはアメリアさんだったように見えたが――どういう状況だったのかはよく分からない。
とにかく、金切り声をあげてアメリアさんが泣き叫んでいる。
カール王子は助けを求め、抱き着こうとするアメリアさんの突進を躱し、美しい所作で膝をつく。
「これは……?」
と、さもロッカーの中身の側から見つけました、という体でわたしの髪を拾いあげた。
「そんなまさか」とか「彼女に限って」とか周りに聞こえるようにブツブツ言っているが、私は見ていた、混乱に乗じてカール王子が自ら私の髪を撒いた所を!
誰にも拾わせるつもりはないらしく自ら拾い上げ、恭しく懐にしまい込んだ。
王子だからって気持ち悪がられないと思わないでいただきたい。
このように様々に起きるイベントに、とにかく関わらないように心がけて、見ぬ振りを続けていた。
喜劇に遭遇するようにと、時間と場所を定められた仕事を頼まれるので、心の準備は出来たが、それを頼む教師の申し訳なさそうな顔といったら無い。
巻き込まれているのは分かっていたのだが、今回はカール王子自ら、学園で私と物理的な距離をとってくれるのが快適で、この遊びがもうすこし長く続くといいな、と不埒な事を思っていたのも事実である。
そして、アメリアさんは物語のクライマックスを飾るように、ついに私の目の前に立ち塞がった。
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