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(とき)ぐすり、あります』  ふらりと迷い込んだ神社の夏祭り。一軒の屋台に貼られた紙には筆でそう書かれていた。 (時ぐすり?)  恭介(きょうすけ)は足を止める。  その夜も職場を出て電車に乗り、自宅マンションがある最寄り駅に降り立った。  駅前のコンビニでビールとつまみを買い、待つ人のいない家へ帰るのが日課だ。缶ビール二本と乾きものが夕飯替わりになって、もう一年近くになる。  夏休みだからか、今夜はやけに家族連れとすれ違う。 「どこかでお祭りでも開かれているのか」  祭りの帰りなのだろう。真ん中に浴衣姿の女の子、その両側に父親と母親がいて、女の子は屋台のヨーヨー釣りで釣ったのか、ピンクのヨーヨーをぶら下げていた。 「雛子(ひなこ)もピンクが好きだったな……」  恭介はふと、亡くなった娘の笑顔を思い出し、つらくなって記憶を振り払う。その後も、何組かの親子連れや若いグループとすれ違った。  ふと目の前を見ると、浴衣姿の若い母親と、二、三歳くらいの女の子が手を繋いで歩いていた。女の子は金魚の柄の浴衣を着ていて、それが昨年、娘の雛子が着ていた甚平の柄に似ていた。  これからお祭りに行くのだろうか。
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