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「お客さん!」  くすり屋が大きな声で斎藤に呼びかけたので、恭介の回想は中断された。 「その薬を売ったのはこの私でしたか? ”時ぐすり”の“時”は漢字、“くすり”は平仮名でしたかね?」  くすり屋の質問に、斎藤はじっと貼り紙を見つめる。 「いや、確か、”時薬”は全部漢字だった。しかし、売ってたのはあんただ。あんたそっくりの男だった」 「その男のここ」と、くすり屋は自分の唇の右下を指さす。「ここに大きな黒子(ほくろ)はありませんでしたか?」  斎藤はしばらく思い出すように黙り、「確かに、黒子があった気がする」と答えた。  すると、くすり屋は斎藤の前で土下座した。 「お客さん、それは大変ご迷惑をかけました。その薬は偽物だ。私の双子の兄が作ったまがい物です」 「偽物?」 「まがい物?」  斎藤と恭介が同時に声を上げる。  くすり屋は説明を始める。 「この”時ぐすり”は徳川様の時代から、我が家に代々伝わる一子相伝(いっしそうでん)の薬です。最初は私の兄貴が父から教えを受けていましたが、その修業のつらさに途中で音を上げ逐電(ちくでん)してしまいました」  そこで父親は弟に改めて薬の作り方を伝授したのだという。
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