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 男はそれから説明を始めた。  彼は名前を斎藤(さいとう)と言った。大恋愛で結ばれた妻を病気で一年程前に失った。 「飲むことも食べることもできなくて、いっそ妻のあとを追って死のうかなんて考えていた」 (僕と同じだ……)  恭介は男の姿に自分をだぶらせた。  斎藤はそんなある時、くすり屋の屋台に出くわし、”時薬”を見つけた。今の哀しみを忘れられると聞いて、藁にもすがる思いで買って飲む。  ところが……。 「妻との思い出をすっかり忘れてしまったんだ。だから、翌日からはもうすっかり昔の元気な自分に戻っていた」  忘れたというのは言い過ぎなのかもしれない。  斎藤本人には、結婚していた記憶、妻との思い出、段々弱って行く妻を支えた日々が、記憶としては残っていた。  ただそれは、映画のワンシーン、小説の中の出来事のような感じで、自分事として思えなくなっていたのだ。 「その頃偶然知り合った女性と付き合うようになり、結婚することになった。ところが……」  最初の妻が亡くなってからまだ一年も経っていない。 「えっ、斎藤がそんな奴だったなんて!」 「ひどい。前の奥さんが可哀そう!」 「一周忌もまだなのに、非常識すぎる」
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