121.(最終話)メリバ

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121.(最終話)メリバ

 この最終話に関しては、書くか迷いました。ハッピーエンドに該当しないのでは? メリバかも? と。読む際はどんな結末でも受け入れる覚悟をもって目を通してください(o´-ω-)o)ペコッ *********************  怖いほどの幸せは、思わぬ形で崩れていく。剛健なお祖父様が風邪を引いた。いえ、誰もが風邪だと思っていたそれは、タチの悪い流行り病だった。隣接する領地から持ち込まれた病は、ロベルディから提供された薬によって終息するまで領地を席巻した。  高熱、嘔吐、咳、倦怠感、関節痛……様々な症状を引き起こす病。吐しゃ物の処理をした侍女が感染したことで、慌てて対策が立てられた。兄は陣頭指揮に立ち、病が蔓延する街に下りて人々を導く。迅速な対応で、感染対策は一気に進んだ。  流行り病だと判明してから一か月後、闘病の甲斐なく祖父が他界。看病した私が罹り、夫に移してしまった。子ども達を連れて父が別邸に避難し、看病と領地運営で残った兄も感染する。悪夢のような病が消えた領地は、あちこちで葬式が続いた。 「もっと早く気づいていたら」  後悔に暮れる兄カリストの隣で、私は喪服に身を包み黒いヴェールで顔を隠す。お祖父様は最後まで明るく振舞い「これが順番じゃ、妃が迎えに来よった」と穏やかに息を引き取った。この病は最期に穏やかに死ねることが唯一の救いだ。苦しませずに済んだ。 「過去を嘆いても戻れません」  嘆いて戻れるなら、いくらでも泣いて喚いただろう。祖父を葬った隣に建てられた新しい墓は、夫の名が刻まれていた。お兄様も私も夫も、罹患したが回復している。にも拘わらず、領地で起きた土砂崩れの視察に向かった帰りに夫が命を落とした。  落ちてきた岩から人を庇って……。どんなに人事を尽くしても届かない天の采配だろう。左手を繋ぐクラウディオは四歳になったばかり、きょとんとした顔をしている。祖父の葬式でも同じだったが、実感がないのだ。 「お父様にお別れをしましょう」 「どうして?」  無邪気に尋ね返すクラウディオは、夫そっくりの髪色と表情で首を傾げる。その一言が胸に突き刺さった。ああ、あなたは本当に私を置いて行ってしまったのね。ぽろりと零れた涙が、右腕で眠るルーチェの頬に落ちた。 「お母様は疲れているんだよ、こちらにおいで」  手を伸ばした兄が、クラウディオを抱き上げる。一番後ろで見送る父は声を殺して泣いていた。視察に同行すればよかった、代わりに死ねばよかった。ずっとその言葉を吐く父を叩いたのは、昨夜のことだ。まだ手のひらが痛い。  誰が死ねばいいとか、代わりになりたいとか。そんな思いは天に届くことはない。 「安心してね。二人は私がきちんと育てます」  最後に声に出さず、震える唇で名を呼んだ。 「おじさま! これ、とって」  三歳になったルーチェは、お転婆に拍車がかかった。帽子が風に飛ばされ、枝に引っ掛かったのだ。それを自分で取ろうと木に登り、途中で動けなくなる。それでも手を伸ばす先で、帽子のリボンがひらひらと揺れた。 「落ちてしまうわ、ルーチェ」 「動かないで。今行く」  カリストお兄様はくすくす笑いながら、先にルーチェを救出する。抱き上げたままルーチェを帽子の下へ運び、自分の手で回収させた。リボンが解けてしまい、鼻を啜るルーチェが泣きそうだ。 「リボンが、とれたの」 「そうね。後でお母様が選んであげるわ」  その一言で、ルーチェは目を輝かせる。少し先で、えいやと気合の入った声が聞こえた。お父様と剣術の稽古をするクラウディオだ。まだ打ち合うには早く、素振り中心の稽古だが毎日楽しそうにしている。  執務を終えた兄が声をかけ、庭のテーブルへ移動した。サーラが運ぶお茶を飲み、子ども達が甘いお菓子を頬張る姿を見つめる。一瞬過った寂しさを、無理やり笑みに押し込めた。 「ああそうだ、手紙が来ていたよ。ロベルディの女王陛下が譲位なさるそうだ」 「クラリーチェ様が……」  まだお若いのに、どうしたのかしら。そんな疑問を浮かべた私へ、お兄様は手紙を内ポケットから取り出した。 「読んでごらん」  言われるまま目を通す。スミレの描かれた薄紫の便箋に、フロレンティーノ公爵領の隣に越してくると書かれていた。私が夫を亡くしてから、ずっと気遣ってくれていた。まさか……その所為じゃないわよね? 否定しきれず苦笑いする。 「それと、こっちも」  続けて渡されたのは、イネスからの手紙だった。アルベルダ伯爵令嬢だった彼女は、現在、文官として活躍している。結婚はしないと宣言し、財務関連のトップに就任した。その計算能力の高さはもちろん、不正を許さない潔癖さは有名だ。 「アルベルダ女伯爵が監査に来るぞ。怖いな」  茶化す兄だが、不正はないと胸を張る。それは私もよく知っているけれど……監査という名目で遊びに来るんだと思うわ。クラウディオが突然剣術を始めたのも、イネスに「守ってくれる強い男が好きです」と言われてからだもの。仲がいいのよね。 「忙しくなりそうね、準備しましょう」  どんな未来が待っていても、どれだけ過去に戻りたくとも。私は前を向いて歩いていく。国を揺るがすほどの試練を乗り越えたんだもの。ルーチェの頬についたお菓子の欠片をハンカチで拭い、空を見上げた。あなた、私が行くまで待っていてくださいね。  終わり
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