70.毒を盛られても死ねないことが罰

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70.毒を盛られても死ねないことが罰

 呻き声を漏らす口の隙間に、指を入れる。革手袋の指を噛もうとしたカストより早く、こじ開けた隙間へ布が押し込まれた。閉じられない口は、急速に水分を奪われる。乾いた布だから当然よね。  ごくりと喉が動くのを確認したフェルナン卿が、布を半分ほど引き出した。隙間に赤ワインを流す。乾いた布に水気を奪われた喉は、ごくりと動いた。二口目を拒もうとするカストだが、顎の関節を強く掴まれて抵抗できない。  殴って揺らしたのは、顎ではなく脳の方だったのね。お父様が簡単な解説をしてくれたので、頷きながら見守った。クラリーチェ様は眉を寄せ「時間をかけ過ぎだ」とぼやく。 「ぐあぁ、死ぬっ! いやだ」  空を仰いだ姿勢で、吐かないよう押さえつけられる。飲み干した赤ワインのグラスが、暴れる彼の足に当たって割れた。  失禁したセルジョは、どうやら意識を手離したらしい。口から泡を吹いていた。私からは騎士の体で見えないけれど、白目をむいているとか。そんなに怖いくせに、誰かにその恐怖を押し付けることは平気だなんて。人間のクズだわ。 「気を失うとは情けない」  お父様が吐き捨てる。その言葉に滲む「軟弱者が」という響きに、憎しみが混じっていた。頬を叩いて起こすのかと思ったら、そのまま飲ませるみたい。  口を閉じられないよう、つっかえ棒を口に入れる。あれ、何の棒かしら。木製のようだけれど。棒で開いた口に、最後の赤ワインが少量。咳き込んだ喉から、赤ワインが逆流する。けれど上向きで固定された喉へ再び流れ込んだ。 「飲まないと窒息しますよ」  涙を流しながら赤ワインを飲む。喉を動かさねば呼吸ができない。鼻で呼吸しようにも、咳き込んだばかりの喉は貪欲だ。何かが触れるたび、咳き込んで喉を潤おすことを求めた。  全員に飲ませ終わり、クラリーチェ様は扇を開いて閉じ、ぱちんと音をさせた。じっと見守る貴族達へ、美しい笑みを浮かべて語りかける。 「罪人には、犯した罪と同等の罰を。償いは同等以上の重さをもって。これがロベルディの法だ」  ライモンドの肌がぶわっと赤くなる。ワインの酒精によるものではなく、明らかに異常な発疹だった。痒いのか、押さえつける騎士を振り解こうとする。合図を受けて、騎士達が三人を床に下ろした。  真っ赤になった肌は膨れていき、爛れて醜くなっていく。ライモンドの隣で、カストは青ざめていた。対照的な顔色でブルブルと震える。体内を食い荒らされるような激痛で叫ぶも、猿轡に吸い込まれた。転がって激痛を訴える。  セルジョは肌が赤黒く染まり、大粒の水膨れが出来ていた。爪の大きさに近いそれを、床に擦り付ける。痒いのか、痛いのか。どちらにしろ潰れるたびに痛むらしく、痙攣しながら転がった。  三者三様、全員違う毒を使ったので症状も違う。これで致死量ではないというのだから、毒は本当に恐ろしい武器だわ。 「毒を盛られる恐怖と痛みを味わいながらも、毒で死ぬことは許されない。これがあなた方への罰です」  フェルナン卿の言葉は、彼らに届いていないだろう。お父様もクラリーチェ様も、うっすらと笑みを浮かべていた。二人を怖いと思う反面、私の口角も持ち上がっているでしょうね。  サーラがそっとハンカチを差し出した。遠慮なく借りて、口元を隠す。伯母様の扇を見習って、今後のために用意した方が良さそうね。
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