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72.不倫でも浮気でも同じですわ
拘束された王太子フリアンを見ても、私は何も感じなかった。猿轡をされているわけでもないのに、彼は口を横に引き結んで黙る。この状況を拒否しているように感じた。
金髪碧眼、絵本の王子様のような整った顔立ち。筋肉に覆われたお父様とは違う、ほっそりした体躯は頼りなかった。縛られているから、余計そう見えたのかもしれない。
「元王太子フリアン・フェリノス――ふむ、不倫男か」
「陛下、浮気男です」
「だが、名前は不倫の方が近いぞ。砂漠の老王を誑かした女狐とも関係があったなら、不倫で間違いあるまい」
フェルナン卿の注意もどこ吹く風。淡々と伯母様は言い切った。そうね、他国の王に嫁いだ側妃と関係があったなら、不倫で正しい。納得してしまった。謁見の間へ連れてこられたフリアンは、すでに平民と同じだ。王家のフェリノスを名乗るのも最後だろう。
「ロベルディと組んで、国の簒奪を狙ったのか! 王家の恩を仇で返す、穢らわしい……むぐっ」
途中で、騎士に口を塞がれた。外した白手袋を突っ込まれたようだ。見れば、彼の襟章はフロレンティーノだった。公爵家の騎士なら、主家の令嬢に対する無礼に動くのも当然だ。女王陛下の御前でもある。労う声をかけた。
「ありがとう」
敬礼して応える彼に、フェルナン卿も満足げに頷いた。
「国の簒奪? それを言うなら王位であろう。全くもって的外れな指摘だが……」
クラリーチェ様は扇を閉じたまま、左手のひらにパチンと当てた。その音が数回続き、伯母様の口元が弧を描く。
「この程度の国を奪ったところで、ロベルディにとって益はない。特筆すべき産業も農地もない国など、足手纏いだ。我が親族がおらねば、他国を攻める際の拠点扱いでとうに占領していたであろうな」
フロレンティーノ公爵家と王妃様達がいなければ、とっくに属国化していた。言い切られて、嘘だと否定できる貴族はいない。国力差があり過ぎるのだ。実際、フェリノス国を間に挟んだ別の国と戦ったこともある。我が国を巻き込まぬよう、お祖父様が気を遣って遠回りしたと……。
ふとそこで我に返る。この話、誰にどこでいつ聞いたのかしら。誰かに聞いたのは確かで、でも目が覚めてからそんな機会はなかった。やはり記憶が少し戻っているのかも。
刺激されるたび、連想するように繋がって記憶が溢れ出る。それを拾いながら、私は現在に過去を融合していくのだ。
「アリーチェ?」
具合でも悪いのか。心配そうなクラリーチェ様の声に、笑顔を作って首を横に振った。大丈夫だと示し、顔を上げて王太子と対峙する。少し様子を見ていたが、クラリーチェ様は深く追及しなかった。
貴族がざわりと動揺する。左側にある扉から、王妃様とパストラ様が入場したのだ。喪服に近い黒や紺のシンプルな服装で、二人は私達と貴族派に頭を下げた。
もごもごと王太子が何かを叫ぶ。漏れ聞こえた範囲では、なぜ敵に阿るのか、そんな言葉のようだ。ここまで頭の悪い王太子を担ぐのは、良識ある貴族の皆さんにとって大きな負担だったでしょうね。そう同情するくらい、酷い有り様だった。
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