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早瀬とは大学時代に知り合った。と言っても同じ大学ではなかった。
色々な大学のサークルを渡り歩く「おかぴー」という怪しい奴の紹介で出会った。
「五月ちゃん、おつかれ」
学食でビリヤニを食べていたら、いつものごとくおかぴーが現れ隣に座った。
その時おかぴーと一緒にいたのが早瀬だった。
その時の早瀬はやけに前髪が短くて、手に文庫本を二冊持っていた。
おかぴーとどうでも良いような話をしている間、早瀬は文庫本をめくって静かにしていた。
突然おかぴーが「ちょっと行ってくる」と言って席を立った。
トイレに行くのか、ご飯を買ってくるのだと思っていたのに、十分経っても二十分経っても戻ってこなかった。
「おかぴー帰ってこないね」
仕方なく二人で話し始めた。
それが出会いだった。
早瀬は小説を読むのが趣味だという。
「同じ趣味だ」
「そうなの?嬉しいな」
打ち解けるようになったある日、早瀬はそっと教えてくれた。
「実は小説を書くのも好きなんだ」
身近にそういう人はいなかったから、ちょっとびっくりした。
「もちろんプロになりたいとかじゃないけど、趣味なんだ」
「そっか」
やがて早瀬は自分の書いた小説を見せてくれるようになった。
早瀬の書く小説は詩のようで不思議だった。
『そっと背伸びした背丈がちょうどいいから、二人はお互いに運命だと感じた。それから二人とも目を閉じた』
こういう調子だ。
「これってどういう意味?」
「片方が背が高くて、もう一方は小柄。小柄な方が背伸びするとキスをする時に丁度良い。だから運命的だよね。って意味」
「キスなんてひと言も書いてない」
「行間を読んでくれ」
「ふーん」
単純にも複雑にも受け取れる。
「五月も書いてみれば?」
「無理だよ」
「どうして?書いたら面白そうだ」
口車に乗せられて小説のワークショップに参加したこともあった。数万円の受講料は学生には痛かったけど、早瀬と一緒なら面白そうだと思ったからだ。
現実は甘くなくて、数回の受講の間、二人とも特に褒められることもなく終わった。
「こんなもんかな」
「そうだね」
「ところでお前の小説、俺はまだ見せてもらってないけど?」
「まあ、いつか」
「逃げたな」
後になって、同じワークショップに参加した中からプロになった人がいると聞いた。
「長野で社会人しながら、作家をやってるんだって」
「ふーん」
それからなんとなく二人の間で小説を書く話はしなくなった。
いつの間にか就活をして、大学を卒業して、社会人になった。
忙しさに流されて、早瀬と連絡を取ることもなくなっていた。
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