第3話 密やかなる月影の下で(4)

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第3話 密やかなる月影の下で(4)

「少し、遠回りの話になりますが……」  できるだけ簡潔に話すべきと思いつつ、強く違和感を覚えた理由を伝えるために、彼女はあえて回り道から入る。 「ご存知だと思いますが、私の実家――藤咲家のライバルである、厳月家の当主が暗殺されました」 「ああ」 「いろいろと悪い噂のある方でしたから、ほうぼうで恨みを買っていたと思います」 「そうだな」 「けど、今、このタイミングで、と考えると……」  メイシアは、そこで言いよどんだ。彼女の中で答えは出ているのだが、いざ口にだすのは勇気のいることだった。  それはイーレオも察していた。だから、彼はじっと待った。 『言わなくても分かっている』と言って、メイシアに楽をさせることは簡単である。しかし、彼はそれほど甘い男ではなかったし、彼女の強さを認めていないわけでもなかった。  メイシアは意を決し、まっすぐにイーレオを見つめた。 「私の異母弟ハオリュウが、警察隊の緋扇さんに暗殺を依頼したのだと思います。厳月の当主は、私たちの父を〈影〉にした仇のひとりですから……復讐、です」 「おそらくな」  イーレオは静かに頷き、メイシアを見つめ返す。 「……凶賊(ダリジィン)の総帥なんぞをやっている俺からすれば、ハオリュウを末恐ろしい奴だと評価するが、お前は納得できないか?」  彼は肘掛けに体重を載せて、見守るような眼差しでのんびりと頬杖をつく。  メイシアは、(かぶり)を振った。 「いいえ。私も、厳月の当主を許せないと思いました。だから同罪です。……でも、まさかハオリュウが――と思ってしまったのも事実です」 「メイシア、ハオリュウはそういう男だ。歳こそ若いが――いや、若さすら武器にする、喰えない奴だ。俺が今、一番敵に回したくない男だよ」 「そんなっ……!?」 「やれやれ。彼の真価に気づいていないのは、お前くらいだろう。今後も鷹刀は、彼と良好な関係でありたいね」  そう言って、イーレオがくすりと笑う。  メイシアは思いがけず異母弟を褒められ、恐縮に身を縮こめた。それから、すっかり話がそれてしまったことに気づく。  ハオリュウのことは、もういいのだ。複雑な思いはあるが、素知らぬふりを通すと決めた。――強くなることをルイフォンが教えてくれたから。前に進むことのできる自分でありたいから……。 「すみません、イーレオ様。回り道が過ぎました。……つまり、親を殺された私たちは、当然のように復讐を考えたのです」 「あ? ああ……?」  急に様子の変わったメイシアに、イーレオが戸惑いを見せた。  そのことを申し訳なく思いつつ、彼女は切り出す。 「――なら、ルイフォンは?」  メイシアの目線が射抜くようにイーレオに向かう。 「ルイフォンのお母様は、正体の知れない者に殺されたと、彼から聞きました。――彼は、お母様の仇を討とうとは考えなかったのでしょうか?」  イーレオが、息を呑んだ。  メイシアは声を荒立てるでなく、淡々と続ける。 「ルイフォンの気性なら、お母様を殺した者を決して許せないはずです。仇を取りたいと思うはずです。……なのに彼は復讐を考えていないのです」 「お前は何故、『ルイフォンは復讐を考えていない』と思うんだ?」 「彼が『正体の知れない者』と言ったからです。それは、『情報収集を得意とするルイフォンが、お母様の仇の素性を調べていない』。つまり、復讐を考えていない、ということになるんです」  頬杖の姿勢のまま、イーレオの動きが止まった。凶賊(ダリジィン)の総帥ともあろう者が、その瞬間、完全に無防備になっていた。  だがすぐに彼は自分の動揺に気づき、何ごともなかったように「なるほど」と呟く。そして、視線だけを動かし、深い色の瞳でメイシアを見つめた。 「ルイフォンの行動としておかしいから、キリファの〈天使〉の能力が関係しているのではないか――と、お前は考えたわけか」  メイシアが「はい」と頷く。 「おそらくは、お前の言う通りなのだろう。……残念ながら、確かめる(すべ)がないがな」  イーレオは、小さく溜め息を漏らした。  キリファの死を思い出すことは、決して愉快なことではない。だが、メイシアがこんなにもルイフォンを想い、心を配ってくれることは喜ばしい。果報者め、と言ってやらねばならん……。  そんな、切なくも穏やかな気持ちは、メイシアの顔を見た途端に吹き飛んだ。 「イーレオ様」 「メイシア!?」  彼女とは思えぬ低い声に、イーレオはたじろぐ。 「キリファさんが、死の間際にルイフォンの記憶を改竄したのなら……それは、彼が『見てはいけないものを見てしまったから』に他なりません。……お母様の仇は、ルイフォンが信じているような、ただの強盗ではあり得ないんです」 「……!」 「そして『金品ではなく、キリファさんの亡骸を持ち帰った』ことからも、仇が強盗ではないことが分かります」  イーレオの眉が、ぴくりと動いた。いつも遊び心を忘れないはずの瞳が、剣呑な光をたたえる。  メイシアは、ためらうように息をつまらせた。だが、思い切って言葉を吐き出した。 「イーレオ様は……仇の正体をご存知なのではないですか?」
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