第4話 よもぎ狂騒曲(6)

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第4話 よもぎ狂騒曲(6)

 鷹刀一族特有の、人を惹きつけてやまない魔性にも似た魅惑の美貌。――ひと目で、この屋敷の(あるじ)レイウェンだと分かる。  彼が車に近づくと、クーティエが勢いよく扉を開けて飛び出した。 「父上!」  得意げな顔で見上げ、褒めて褒めて、と言外に主張している。  そんな愛娘に苦笑しながら、レイウェンは「ご苦労さま」と頭を撫でた。穏やかな微笑みは、同じ顔の血族の誰よりも、柔らかで優しい雰囲気をまとっている。  ご機嫌なクーティエが車を振り返り、メイシアのほうへ手を伸ばした。 「メイシア! こちら、私の父。レイウェン」 「クーティエ。年上の方を呼び捨てにするのは失礼だよ」  叱る声も、そよ風の如く穏やかである。  メイシアが慌てて車を降りると、レイウェンは深々と頭を下げた。 「メイシアさん、娘の無礼をお許し下さい」 「いえ。クーティエさんの親愛の証です。私は嬉しく思っております」 「そんなふうに言っていただけると、嬉しいです。ありがとうございます」  レイウェンが目を細めると、和やかな空気が流れる。それから彼は「ああ、申し遅れました」と続けた。 「私は、草薙レイウェンです。クーティエの父で……、というよりも、あなたには鷹刀リュイセンの兄と言ったほうが分かりやすいでしょうか」 「あ、はい。リュイセン様のお兄様ですね。――こちらこそ、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。メイシアです。リュイセン様にはいつもお世話になっております」  メイシアはそう言って、はたと気づく。 「『草薙』ですか……?」 「ええ。私は鷹刀を出た者ですから。妻の姓を名乗っているんです」 「いえ、あの……。『草薙』というと、チャオラウさんの……」  メイシアは、車の運転席でそっぽを向いているチャオラウをちらりと見た。  確か、チャオラウの姓は『草薙』といったのではないだろうか? ということは、もしや……。 「ええ。妻はチャオラウ義父上(ちちうえ)の娘です」 「――チャオラウさんは、ご結婚されていたのですか……」  チャオラウは屋敷の住み込みで、常にイーレオのそばに控えている。だから、妻帯者と思っていなかったのだ。  一方でメイシアは、イーレオがチャオラウを運転手に指名したことに納得する。  そのとき、レイウェンが「あ……」と口元を抑えた。 「すみません。誤解を招く言い方でした」  そう言って、申し訳なさそうに頭を下げる。 「妻のシャンリーは、赤子のころに両親を亡くしましてね。叔父のチャオラウに引き取られたんですよ。だから正しくは、彼女はチャオラウの姪にあたります。でも実の父娘と同じですよ」  不意に、車から人が降りる気配がして、ばたんと乱暴に扉が閉められる音がした。  噂の(ぬし)、チャオラウである。  どうやら、そっぽを向きながらも聞き耳を立てていたらしい。  憮然とした顔だった。それでいて、どことなく気まずそうにも見える。鷹刀一族で一、二を争うような大男である彼が、なんだか小さく見えた。 「お久しぶりです。レイウェン様」  チャオラウは、きっちりと腰を折り、深く頭を下げた。  レイウェンの顔が嬉しそうに輝く。 「お久しぶりです、義父上(ちちうえ)」  満面の笑みを浮かべるレイウェンに、「ですが……」とチャオラウは不満げに不精髭を震わせた。 「私はシャンリーとは縁を切りました。主君の跡継ぎをかどわかす不届き者など、娘でもなんでもありません」 「逆ですよ。私がシャンリーをさらったんです」  真顔で言ってから、レイウェンはメイシアの視線に気づき、照れたように頬を染めた。さすが鷹刀一族の直系というべきか、その(さま)は色気すらある。 「だいたい、どうしてシャンリーなんです!? レイウェン様なら、どんな女性でも……!」 「私はシャンリーがいいんです」 「レイウェン様とシャンリーでは、兄妹みたいなものじゃないですか!」 「そうかもしれませんね。けど私は、他の男にシャンリーを取られるなんて考えたくなかったんですよ。だったら自分のものにするしかないでしょう?」  メイシアは、呆然とふたりを見つめていた。  初めて見るチャオラウの一面と、雰囲気はまったく違うのに、やはりイーレオの血筋と思わざるを得ないレイウェン――。  ただただ唖然とするメイシアの袖を、クーティエが隣からつんつんと引っ張った。 「仲が悪いわけじゃないから安心して。もう十年も経つのに、じぃじは父上に負けたことを、いまだ引きずっているだけよ」 「クーティエ!」  チャオラウが唾を飛ばす。 「だって、そうでしょ? 父上が母上を連れて鷹刀のお(うち)を出たいと言ったとき、イーレオ曽祖父上は、じぃじに勝てば認めるって言ったんでしょ? で、父上が勝って、じぃじが負けた。私が生まれる前の話なのに、じぃじったら、いつまでもネチネチと……」  唇を尖らせるクーティエの頭を、レイウェンがぽんぽんと優しく叩いた。 「クーティエ、あまり義父上に失礼なことを言ってはいけないよ。あの勝負は、圧倒的に私に有利だったんだから」 「どういうことですか、レイウェン様!? 私は正々堂々と勝負して、あなたに負けました」 「ええ。勝負は公平でしたが、前提が公平ではなかったんですよ」  レイウェンが笑いをこらえ、穏やかに言う。 「私は子供のころから、シャンリーを妻にすると決めていました。あなたを超える男になって、あなたから彼女を奪うと、心に誓っていたんですよ。――一族を抜けるための条件になっていなくても、私はあなたに挑み、勝つつもりでした。そんな私が負けるはずないでしょう?」  今ひとつ理解できない顔をするチャオラウを無視して、「祖父上も、なかなか粋な計らいをしてくれました」と、レイウェンは強引にまとめる。  それからメイシアに向き直り、恐縮した表情を見せた。 「メイシアさん、すみません。お客様をほったらかしにして」  レイウェンは門扉を開け、白い石張りのアプローチへとメイシアを促す。 「ようこそ、我が家へ。どうぞ、お入り下さい」  柔らかな物腰からは、彼がかつて凶賊(ダリジィン)の後継者だったなどとは、とても想像できない。  ひとつひとつの仕草にどことなく温かみがあり、周りをほっとさせる。草薙レイウェンとはそんな人物であった。
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