第6話 かがり合わせの過去と未来(2)

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第6話 かがり合わせの過去と未来(2)

「ユイラン様は、この奥の部屋にいらっしゃる」  そう言って通されたのは、ユイランの作業場のひとつ、という部屋だった。  そこは、まるで賑やかな園遊会が催されているかのようであった。  色鮮やかな衣服を身に着けた人形模型(トルソー)たちが、華麗なる群舞を繰り広げる。誰もが誇らしげに胸を張り、美しさを主張する。――躍動感あふれる姿は今にも動き出しそうで、本当はくるくると踊っているところを瞬間的に切り出したのではないかと錯覚してしまいそうだった。  メイシアは、ひと目で魅入られた。  しかもよく見れば、人形模型(トルソー)たちは必ずしも恵まれた体型をしているわけではなかった。  太すぎたり、細すぎたり、高すぎたり、低すぎたり……。けれど、彼女たちの衣装には絶妙な位置に切り替えが施され、あるいは優美なギャザーが入り、体型など些末な問題にしてしまっている。そうして、彼女たちは自由で気まま、自然な美を楽しんでいるのだ。  踊りの輪の間を、まるでステップでも踏むかのようにシャンリーは軽やかにすり抜けた。メイシアも遅れじと追いかける。  シャンリーが続き部屋の戸をノックすると「どうぞ」の声が返ってきた。  扉を開くと、先ほどの園遊会とは打って変わった、落ち着いた色合いが広がった。素朴で温かみのある生成りの壁紙に、明るい木目の床。手紡ぎ糸のカーテンが淡く陽光を遮る。  その中に、ひとりの女性がいた。  彼女は机に向かって何か書き物をしていたらしい。メイシアたちが部屋に入ると、眼鏡を外し椅子から立ち上がった。 「ようこそ、メイシアさん。お呼び立てしてごめんなさいね」  鷹刀一族の血縁らしく、すらりと背の高い人だった。顔立ちは、どことなくミンウェイに似ており、彼女が(よわい)を重ねたらこうなるであろう姿をしている。  ユイランの外見は想像していた通りであった。だが同時に、想像とはかけ離れてもいた。だからメイシアは、ほんの一瞬、足を止めてしまった。  それは本当に、瞬きひとつほどの時間だった。けれども、鷹刀一族の血を引くユイランが、わずかといえどメイシアの逡巡に気づかぬはずもなかった。  綺麗に結い上げた銀髪(グレイヘア)を傾け、ユイランは上品に微笑む。ブラウスの胸元のドレープがさらさらと柔らかく流れた。 「エルファンの配偶者が、こんなにお婆ちゃんだなんて、驚いたでしょう?」 「い、いえ! そんな!」  メイシアは心臓が止まるかと思った。悲鳴のような声を上げながら、激しく首を横に振る。 「そんなに脅えないで。気にしているわけではないのよ。実際、クーティエのお婆ちゃんですものね。――というより、エルファンが若すぎるのよ。彼、私よりも(とお)は年下なんだから」  すねたように口を尖らせ、くったくなくユイランが笑う。  メイシアは、どうしたらよいのか分からなかった。貴族(シャトーア)の令嬢としてなら、気の利いた世辞を返すべきだろう。けれど、今の彼女にそれが求められているとは思えない。  狼狽するメイシアに、しかしユイランは気にする素振りも見せず、手招きをして椅子を勧める。切れ長の目が、何故だかきらきらと楽しげに輝いていた。  案内の役目を終えたシャンリーが退室の礼を取ると、「あなたもいたほうが、メイシアさんも気楽でしょう」と、ユイランはにこやかに引き止めた。 「さて、メイシアさん」  メイシアが向かいに座ると、ユイランは早速とばかりに口火を切った。 「どうして私があなたを呼んだのか、気になっているわよね?」 「――はい」  体は震えていた。けれど、何も言えないままでいるのは、ユイランに失礼だ。何より、自分自身が情けない。だから、先ほどのような見苦しい狼狽は繰り返すまいと、メイシアは凛と答えた。  そんな彼女に、ユイランは嬉しそうに微笑む。そして、すっと指を三本立てた。 「私の用件は、三つ」  美麗な声が、ゆっくりと響く。 「ひとつ目は、とても素敵なことよ。――さる方から、メイシアさんに服を仕立てるように依頼されたのよ。だから、その採寸をさせてほしいの」  メイシアは数秒の間、声が出なかった。  まるきり予想外で、拍子抜けしそうな用件だった。 「私に……服、ですか?」 「ええ。あなたに似合う、とっておきを作るわ。私、凄く楽しみなの」  ユイランは、腕まくりのような動作を示す。  言葉は柔らかいが、自信に満ちた口元がすっと上がった。プライドにかけて最高の品を作ると、その目が言う。  彼女に服を頼んだのは、誰であろうか?  そう疑問を浮かべ、すぐに考えるまでもない、とメイシアは思った。――イーレオ以外、あり得ないだろう。 「――けど、今のあなたにとって気になるのは、ふたつ目と三つ目のほうだと思うわ」  切れ長の目が、じっとメイシアを捕らえる。白髪混じりの長い睫毛(まつげ)が、わずかに上がった。  それだけで、空気の色が変わる。自然体を好むらしいユイランに、化粧っ気はない。けれど、もともとの造形の美しさに加え、中からにじみ出る気高さが、彼女の持つ雰囲気を迫力あるものにしている。  ユイランから感じるのは敵意ではない。むしろ、彼女は好意的だ。なのに、メイシアは肌にざわつきを覚えた。 「その前に、あなたに言っておかなければならないことがあるの」 「なんでしょうか」 「これはたぶん、若い世代のリュイセンやルイフォンは知らないこと。……リュイセンのほうは、今ごろお兄ちゃんから教えてもらっていそうだけどね」  ふふ、とユイランは笑った。しかし、すぐに口元を引き締め、メイシアに涼やかな瞳を向ける。 「今、鷹刀の周りをうろついているミンウェイの父親、ヘイシャオ。あなたには〈(ムスカ)〉と言ったほうがいいかしら? ――彼は、私の弟なの」 「え……?」 「つまり、あなたにとって、私は『お父さんの仇』の姉、ということになるわ」  何を言われたのか、即座には理解できなかった。
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